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JFEホールディングス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジェイ エフ イー ホールディングス株式会社
JFE Holdings, Inc.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 5411 2002年9月26日上場
大証1部 5411 2002年9月26日上場
名証1部 5411
略称 JFEホールディングス、JFE
本社所在地 〒100-6527
東京都千代田区丸の内一丁目5番1号
新丸の内ビルディング27階)
電話番号 03-3217-4030
設立 2002年(平成14年)9月27日
業種 鉄鋼
事業内容 グループ会社の経営管理
代表者 數土文夫代表取締役社長
資本金 1,423億3,400万円
売上高 連結:3兆2,604億4,700万円
単独:3,024億4,200万円
2007年3月期)
総資産 連結:3兆9,637億8,300万円
単独:2兆469億6,400万円
(2007年9月30日現在)
従業員数 連結:54,453人、単独:49人
(2007年9月30日現在)
決算期 3月31日
主要株主 自社(自己株口) 3.69%
日本生命保険相互会社 3.62%
第一生命保険相互会社 2.61%
(株)みずほコーポレート銀行 2.18%
主要子会社 JFEスチール(株) 100%
JFEエンジニアリング(株) 100%
JFE都市開発(株) 100%
川崎マイクロエレクトロニクス(株) 99.7%
JFE技研(株) 100%
関係する人物 白石元治郎(日本鋼管創業者)、西山弥太郎(川崎製鉄初代社長)
外部リンク www.jfe-holdings.co.jp
特記事項:マスタートラスト所有の株式割合
日本マスタートラスト信託銀行 7.67%
日本トラスティ・サービス信託銀行 5.93%
  

JFEホールディングス株式会社英文社名 JFE Holdings, Inc.)は、JFEスチールJFEエンジニアリングなどを傘下に置く持株会社。登記上はカタカナ表記のジェイ エフ イー ホールディングスとなっている。

社名のJFEは、日本 (Japan)、鉄鋼(鉄の元素記号Fe)、エンジニアリング (Engineering) を組み合わせたものであり、また日本を代表する未来志向の企業グループ (Japan Future Enterprise) を意味する。

目次

沿革

  • 1912年明治45年)6月8日 - 日本鋼管株式會社(にほんこうかん)設立。
  • 1950年昭和25年)8月7日 - 川崎重工業製鉄部門が分離独立して、川崎製鉄株式會社(かわさきせいてつ)設立。
  • 2000年平成12年)4月 - 日本鋼管と川崎製鉄の千葉・京浜水島・福山の4製鉄所の立地条件を活用した製鉄所運営の効率化を推進するため、物流・補修・購買関連分野の協力について検討し、9月に合意。
  • 2001年(平成13年)4月13日 - 製鉄及びエンジニアリング事業をコア事業とした、グループ会社も含めた全面的な経営統合を行なうことについて両社が基本的に合意。
  • 2001年(平成13年)12月21日 - 経営統合について基本合意書を締結。グループ名を「JFEグループ」とする。2002年5月に統合契約書調印。
  • 2002年(平成14年)9月26日 - 日本鋼管 1,000株に対しジェイエフイーホールディングス75株、川崎製鉄1,000株に対し同100株の比率で株式を移転。翌27日ジェイエフイーホールディングス設立登記。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - 日本鋼管・川崎製鉄の両社を分割。鉄鋼事業をJFEスチール(継承会社は川崎製鉄)、エンジニアリング事業をJFEエンジニアリング(継承会社は日本鋼管)、日本鋼管の都市開発事業を新設のJFE都市開発、日本鋼管の基盤技術研究所を新設のJFE技研に再編。川崎製鉄子会社の川崎マイクロエレクトロニクスをJFEホールディングスの子会社に変更。
  • 2007年(平成19年)4月16日 - 本社を新丸の内ビルディングに移転。

設立の経緯

JFEの誕生には、日産自動車カルロス・ゴーン社長のゴーン・ショックが遠因となったという見方をされている。日産自動車は調達コスト見直しのために、自動車生産にとって不可欠の材料である鉄鋼材料についても仕入先の見直しを行うことになった際に日本鋼管(NKK)が外れてしまったことが、川崎製鉄との合併に踏み切ったというものである。NKKは日産自動車とおなじ芙蓉グループであった点からみても、日産の当時の日本の商習慣から見てドラスティックな判断が、産業界を代表する業界のひとつである大企業の合併につながったといえる。 経緯を振り返ると、経営難に陥った多角化企業NKKの分割解体と、川崎製鉄によるNKK鉄鋼部門の吸収という見方ができる。本当の意味でのリストラクチャリングを成功させた。

JFEスチール誕生後の同社の戦略は、リストラによる財務環境の良化と人事融合が挙げられる。人事の融合に関しては、日本鋼管出身者(社内では旧Nと呼ぶ)と川崎製鉄(同じく旧川と呼ぶ)の人事はよくある「たすきがけ人事」ではなく、完全な「相手の理解」を狙ったところはこれまでの経営統合の事例では異色である。互いの製鉄所においては同じ部門の責任者は、他方の工場の責任者へと異動したり昇進人事の凍結を行うなどした。2004年期の業績好調を受け、首脳陣の交代が決まった。

JFEグループ

関連する人物

関連項目

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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