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IHI

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社IHI
IHI Corporation
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7013
大証1部 7013
名証1部 7013
福証 7013
札証 7013
略称 IHI、石播
本社所在地 135-8710
東京都江東区豊洲三丁目1番1号 豊洲IHIビル
電話番号 03-6204-7800
設立 1889年(明治22年)1月17日
業種 機械
事業内容 建設機械航空機
代表者 代表取締役社長兼CEO 釜 和明
資本金 957億62百万円
売上高 単独6,424億円 連結1兆2,210億円
2007年3月期)
総資産 単独1兆4億円 連結1兆5,360億円
(2007年3月期)
従業員数 単独7,225名 連結23,702名
(2007年9月現在)
決算期 3月31日
関係する人物 土光敏夫
稲葉興作
永野治
碓井優
外部リンク www.ihi.co.jp
  

株式会社IHI(かぶしきがいしゃ アイエイチアイ、IHI Corporation)は、重工業を主体とする製造会社である。本社は東京都に所在する。旧社名は石川島播磨重工業株式会社2007年7月1日より、従来略称として用いてきたIHIを正式社名に変更した。

元来独立系の企業だが、旧石川島重工業の社長だった土光敏夫が、三井系の電機メーカーである東芝の再建に関わって以来、東芝と密接な関係にあるため、三井グループを構成する二木会(社長会)及び三井業際研究所(二木会直轄のシンクタンク)に加盟している。一方、旧石川島重工業と旧第一銀行とのつながりからみずほフィナンシャルグループの大株主であり、メインバンクはみずほコーポレート銀行である。さらに旧播磨造船所と旧三和銀行とのつながりから三菱東京UFJ銀行とも接点を持つ。

コーポレートスローガンは「Explore the Engineering Edge」。

目次

沿革

旧石川島重工業

  • 1853年(嘉永6年) - 石川島造船所、江戸幕府により江戸隅田川河口の石川島(現在の東京都中央区佃二丁目)に創業。
  • 1876年(明治9年) - 平野富二に払い下げられる。
  • 1877年(明治10年) - 民間造船所として日本初の蒸気船「通運丸」を建造。
  • 1889年(明治22年) - 有限責任石川島造船所設立。
  • 1893年(明治26年) - 東京石川島造船所株式会社に改組・商号変更。
  • 1896年(明治29年) - 国産1号火力発電設備を製作、東京電灯(株)へ納入。
  • 1911年(明治44年) - 東京中央停車場(現・東京駅)の鉄骨を製作、組立。
  • 1918年(大正7年) - 第一次世界大戦での船舶特需によりばく大な利益を得、これを自動車分野に投資し、英国ウーズレー自動車の製造販売をおこなう。提携は1927年まで継続。以降は車名を「スミダ」とするが車両自体はウーズレーのままであった。自動車部門は1929年石川島自動車製造所として独立。のちヂーゼル自動車工業いすゞ自動車と変遷をたどる。
  • 1924年(大正13年) - 石川島飛行機製作所を設立。のちに立川飛行機となる。
  • 1945年(昭和20年) - 石川島重工業株式会社に商号変更。
  • 1945年(昭和20年) - 日本初のジェットエンジン「ネ-20」を製作。

旧播磨造船所

  • 1907年(明治40年) - 播磨船渠(はりませんきょ)株式會社設立。兵庫県相生(現在の相生市)に船渠建設開始。
  • 1909年(明治42年) - 播磨船渠株式會社解散。この年に起きた建設中の事故により船渠が崩壊し、出資者が事業意欲を失った事が原因とされる。
  • 1911年(明治44年) - 播磨船渠合名會社設立。旧社の事業を引き継ぐ。
  • 1912年(明治45年) - 相生船渠完成。播磨造船株式会社に改組・商号変更。
  • 1916年(大正5年) - 株式会社播磨造船所(第一次)に商号変更。
  • 1918年(大正7年) - 帝国汽船株式会社と合併。鳥羽造船所(三重県)と共に同社の造船部となる。
  • 1921年(大正10年) - 帝国汽船、造船部を株式会社神戸製鋼所に営業譲渡。神戸製鋼所造船部となる。
  • 1929年(昭和4年) - 株式会社播磨造船所(第二次)、神戸製鋼所から分離設立。この時、造船部傘下の鳥羽電機製作所(のちの神鋼電機)は、神戸製鋼所に残る。

旧呉造船所

  • 1945年(昭和20年) - 株式会社播磨造船所、旧呉海軍工廠跡に呉船渠開設。
  • 1952年(昭和27年) - 米ナショナル・バルクキャリア(NBC)、旧呉海軍工廠跡に呉造船部開設。
  • 1954年(昭和29年) - 株式会社呉造船所、播磨造船所から分離設立。
  • 1958年(昭和33年) - 世界初の10万トン級タンカーユニバース・アポロ就航。
  • 1962年(昭和37年) - NBCから同社呉造船部の営業譲渡を受ける。

石川島播磨重工業・IHI

製品

総合重工という業態から、取扱製品は多岐に渡る。詳しくは同社ウェブサイト内の製品案内を参照。同業他社と比べると、日頃から目に触れるような一般民生品や耐久消費財が少ない。

大きくは5つの事業セグメントに分かれる。主力工場は次の通り。

  • 船舶・海洋事業
- アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(下記参照・横浜、浦賀、呉)、
- アイ・エイチ・アイ アムテック(相生)
  • 航空・宇宙事業[1]
- 相馬第一・第二工場(新加工棟を建設中)(福島県)、瑞穂工場(東京都)、呉第二工場(広島県)、富岡事業所(富岡市)
  • 機械事業
- 横浜第二工場、知多工場(愛知県)、呉新宮工場(広島県)
  • 物流・鉄構事業
- 砂町工場(東京都)、横浜第一工場、知多工場(愛知県)、相生生産部、呉新宮工場
  • エネルギー・プラント事業
- 横浜第一工場、相生工場
  • その他の事業
  1. ^ 田無工場(東京都)は、相馬事業所への移転完了に伴い閉鎖となった。

船舶・海洋製品

船舶・海洋製品については、2002年に分社化したアイ・エイチ・アイ マリンユナイテッドが担当している。

商船・海洋製品

艦艇

戦前の日本海軍への受注は小艦艇が主だった。戦後は輸出向けに建造されたことはないため、納入先は海上自衛隊のみである。

東京石川島造船所(戦前)

明治初期に数隻建造したのみで軍艦建造から離れたが、大正期になり駆逐艦建造で復帰した。

播磨造船所(戦前)

石川島播磨(東京)

アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)
  • ひゅうが型護衛艦
    • ヘリコプター搭載護衛艦 DDH-181 「ひゅうが」 (1番艦) 建造中 
    • ヘリコプター搭載護衛艦 18DDH (2番艦) 建造中 
  • たかなみ型護衛艦
    • 護衛艦 DD-112 「まきなみ」 (3番艦)
    • 護衛艦 DD-114 「すずなみ」 (5番艦)

アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(浦賀)
  • むらさめ型護衛艦
    • 護衛艦 DD-103 「ゆうだち」 (3番艦)
  • たかなみ型護衛艦
    • 護衛艦 DD-110 「たかなみ」 (1番艦)
  • てんりゅう型訓練支援艦
    • 訓練支援艦 ATS-4203 「てんりゅう」 (1番艦)
  • 試験艦 あすか
    • 試験艦 ASE-6102 「あすか」 (1番艦)

官公庁船

  • 大型浚渫兼油回収船 「海翔丸」
  • 大型浚渫兼油回収船 「白山」
  • 巡視船 「はかた」
  • 巡視船 「しきしま
  • 海洋気象観測船 「凌風丸」
  • 海洋地球研究船 「みらい

航空機・宇宙

ジェットエンジン

航空の分野において、IHIはジェットエンジン製造を専業とし、初の国産ターボ・ジェットエンジン「ネ20」は同社の製品である。国内におけるジェットエンジンのシェアは60%を超え、トップである。

国産

ライセンス生産

宇宙

宇宙事業は100%子会社のアイ・エイチ・アイ・エアロスペースがその多くを担っている。

機械事業

物流・鉄構事業

  • ローダー
  • アンローダー
  • スタッカー
  • リクレーマ
  • クライミングクレーン
  • 自動倉庫
  • 物流システム
  • 橋梁
    ゼネコン等からの発注またはJVを組んでの製造
  • 駐車装置
    タワーパーキング
  • 鉄骨
  • 水門
  • シールド掘進機
    シールド工法にてトンネルを掘削する機械
  • セグメント自動組立
  • コンクリート製品
  • プレストレストコンクリート製品
  • 鉄道車両
  • 案内軌条式鉄道車両
  • 制震装置/免震床
  • 除雪機械

エネルギー・プラント

  • 事業用ボイラ
  • 産業用ボイラ
  • 舶用ボイラ
  • 排煙脱硫装置/排煙脱硝装置
  • 原子力機器
  • 太陽エネルギー利用プラント
  • 石炭液化ガス化プラント
  • 石油精製プラント
  • 石油化学プラント
  • 大型風力発電設備
  • セメントプラント
  • 医薬プラント
  • 海水淡水化装置
  • LNGタンク/LPGタンク
  • 原油タンク
  • 水処理装置
  • 廃棄物処理装置
  • ガスタービン/ガスエンジン

その他

関連会社

2007年の会社名変更に合わせ、関連会社も従来の「石川島~」より「IHI~」に名称を改めている。

  • 株式会社アイ・イー・エム(港区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・アムテック(相生市)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・エアロスペース(江東区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・エアロスペースエンジニアリング(富岡市)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・エスエーテック(呉市)
  • 株式会社IHIエスキューブ(中央区)
  • 株式会社IHI回転機械(中央区、2007年に石川島汎用機サービス、石川島風水力サービス、及び石川島汎用機の一部を統合、設立)
  • 株式会社IHI機械システム(横浜市磯子区、石川島岩国製作所・石川島産業機械を統合して設立)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ 呉マリンコンストラクション(呉市)
  • 株式会社IHIシバウラ(中野区、ヤンマー農機と農業機械販売部門を業務提携、2007年に石川島芝浦機械より改称)
  • 株式会社IHIシバウラテック(松本市)
  • 株式会社IHIターボ(江東区 2007年に石川島汎用機より車両用過給器に特化する形で独立)
  • 株式会社IHIトレーディング(中央区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ フォイトペーパーテクノロジー(中央区)
  • 株式会社IHI物流(横浜市磯子区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・マリン(港区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(港区)
  • IHIメタルテック株式会社(港区)
  • 株式会社アイ・エイチ・アイ・ロジスティックテクノロジー(江東区)
  • 株式会社アイ・エヌ・シー・エンジニアリング(新宿区)
  • 株式会社アイテック(横浜市磯子区)
  • 株式会社アイメック(横浜市磯子区)
  • 青森プラント株式会社(下北郡六ヶ所村)
  • 石川島運搬機械株式会社(中央区、東証2部)
  • 石川島運搬機械エンジニアリング株式会社(大田区)
  • 石川島環境エンジニアリング株式会社(江東区)
  • 株式会社石川島技術教習所(綾瀬市)
  • 石川島建機株式会社(横浜市金沢区)
  • 石川島建機東京販売株式会社(千代田区)
  • 石川島検査計測株式会社(品川区)
  • 石川島建材工業株式会社(千代田区、東証2部)
  • 石川島興業株式会社(中央区)
  • 石川島ジェットサービス株式会社(昭島市、主としてガスタービン発電プラント・艦艇用ガスタービンのメンテナンス業務)
  • 石川島精機株式会社(大津市)
  • 石川島精密鋳造株式会社(昭島市)
  • 石川島造船化工機株式会社(江東区、東証2部)
  • 石川島汎用ボイラ株式会社(江東区)
  • 石川島プラントエンジニアリング株式会社(江東区)
  • 石川島プラント建設株式会社(江東区)
  • 株式会社石川島マスターメタル(相生市)
  • 株式会社イスミック(江東区)
  • 株式会社NAP(上伊那郡辰野町)
  • 金町浄水場エネルギーサービス株式会社(江東区)
  • 関東セグメント株式会社(茨城県行方市)
  • 近畿イシコ株式会社(門真市)
  • 技研テクノロジー株式会社(由利本荘市)
  • 株式会社ギャラクシーエクスプレス(江東区)
  • クリエイティブサービス株式会社(綾瀬市)
  • 寿鉄工株式会社(相生市)
  • 株式会社三越(富山市)
  • シンコウ・エスビーエー株式会社(西松浦郡有田町)
  • 株式会社ジョイプランニング(茅ヶ崎市)
  • スター農機株式会社(千歳市)
  • 西播開発株式会社(相生市)
  • ターボ システムズ ユナイテッド株式会社(墨田区)
  • 高嶋技研株式会社(あわら市)
  • 知多イー・アンド・エム株式会社(知多市)
  • 千葉倉庫株式会社(千葉市中央区)
  • 株式会社ティ・エフ・アイ(江東区)
  • 株式会社ディーゼル ユナイテッド(千代田区)
  • 東京湾土地株式会社(江東区)
  • 豊洲エネルギーサービス株式会社(江東区)
  • 名古屋プラスチック・ハンドリング株式会社(名古屋市港区)
  • 新潟原動機株式会社(中央区)
  • 新潟トランシス株式会社(中央区)
  • ニコ精密機器株式会社(南魚沼市)
  • 西日本設計株式会社(呉市)
  • 株式会社ニッシン(上伊那郡辰野町)
  • 株式会社日本ヘイズ(丹羽郡大口町)
  • 株式会社ヒューマン・アセット・サポート(江東区)
  • ピーシー橋梁株式会社(港区、石川島建材工業子会社)
  • 株式会社ピーシーテクノス(港区)
  • リブコンエンジニアリング株式会社(千代田区)

影響力

幕末以来150年を超える歴史を誇り、重機・造船などの重工業において、日本を代表する名門企業の一つである。日本の工業技術をリードしてきた企業の一つであり、国鉄(現在のJR)東京駅丸の内側本屋建設(1914年開業)、永野治による日本初のターボ・ジェットエンジン開発(1945年完成、第二次世界大戦での日本敗北の直前)、日本国内最大の大型海水淡水化装置建設(1967年長崎県外海町(現長崎市池島)、東京湾アクアライン工事用シールド掘進機納入(1997年)、明石海峡大橋ケーソンやタワー(主塔)の建設(1998年開通)など、その業績は数多く存在する。

そのため、同社のトップは政財界において大きな発言力を持ち、社外においても様々な場面で重用されてきた。最近では同社相談役の伊藤源嗣日本経済団体連合会(日本経団連)の評議員会副議長を務めていた(就任時は社長、2003年~2007年)。1980年代中曽根康弘首相が進めた行政改革においては、その基本方針をまとめた第二次臨時行政調査会の会長を同社出身の土光敏夫(当時は経団連(当時)会長)が務め、その主要政策として実行された日本電信電話公社の民営化では真藤恒が同公社の最後の総裁、及び日本電信電話株式会社(NTT)の初代社長としてその移行を実現させた。また、稲葉興作1993年2001年日本商工会議所の会頭であった。

一方、名門であるが故に、日本企業の持つ構造的な問題点を抱えているとも指摘できる。その一つとして、各種公共事業における談合に同社が積極的に関与しているという疑惑が持たれており、2005年に発覚した橋梁談合事件では法人としての同社と個人としての同社元社員が起訴された。

提供番組

現在

過去

関連項目

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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