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野球場

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概要図
概要図
明治神宮野球場
明治神宮野球場

野球場(やきゅうじょう)とは、野球を行うための運動場である。単に「球場(きゅうじょう)」と呼ぶこともある。

目次

歴史

アメリカにおける野球場の歴史

日本における野球場の歴史

日本初の野球場は、日本初の野球チームとされる新橋アスレチック倶楽部(新橋鉄道局の職員によって結成)が新橋駅近くに設けた保健場とされる。学生の間で野球が盛んになり学生野球が発展すると、早稲田大学戸塚球場慶應義塾大学三田綱野球場明治大学明治大学球場などを作った。また、電鉄会社も沿線開発の一環として、阪神電気鉄道鳴尾球場阪急電鉄の前身である箕面有馬電気鉄道、京阪神急行電鉄がそれぞれ豊中球場宝塚球場を建設している。

日本初の本格的な野球場は1924年大正13年)8月1日兵庫県西宮市にできた阪神甲子園球場であり、さらに二年後の1926年には東京明治神宮野球場が完成する。1936年昭和11年)にプロ野球が始まった。この年は甲子園球場を基本に鳴海球場や宝塚、戸塚、上井草洲崎の球場を使用してゲームをしていた。翌年の1937年5月1日に甲子園球場と同じ市に西宮球場が、9月11日東京都文京区後楽園球場が完成。この3球場を基礎にプロ野球は興行された。1940年には海を渡り大連、奉天、新京でも試合を行ったが、1944年8月を最後に戦前のプロ野球は中断に追い込まれる。そして戦後1946年にプロ野球が再開された。1949年には愛知県名古屋市中日球場が完成する。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

野球場の規格

もともと、アメリカにおいて野球場は街中の空き地に造られていたため、その形状や広さは野球場によってまちまちであった(フェンウェイ・パークはそのような昔の名残を色濃く残している)。

野球場の規格については、公認野球規則1.04に定めがある(野球の概要の項を参照のこと)。この規定には注記があり、1958年(昭和33年)6月1日以降にプロ野球球団が新設する球場は、両翼325フィート(99.058m)、センター400フィート(121.918m)以上なければならないとし、既存の球場を改修する場合もこの距離以下とすることができない旨を定めている。しかし、実際には日本では、興行上の理由から本塁打の出やすい両翼の狭い球場が多く作られた。中には阪神甲子園球場明治神宮野球場阪急西宮球場京都市西京極総合運動公園野球場倉吉市営野球場などのように、その規定のグラウンドにラッキーゾーンという金網の柵を設けたこともあった。また藤井寺球場には外野客席とフィールドの間にブルペンが設置(ラバーフェンスはフィールドとブルペンの間に設置)されており、事実上のラッキーゾーンをなしていた。

なお、現在プロ12球団が本拠地としている野球場の両翼・中堅までの距離の公称値は下記の通りである。

2008年現在、野球規則で規定された規格を充足しないのは神宮、横浜、甲子園、広島の4球場である。なお、神宮は2008年の改修によって両翼は規格が充足され、広島は規格に合致した新しい野球場の建設が予定されているが、横浜は多目的グラウンドである上に建蔽率の問題などもあって拡張は困難。また2007年秋から順次改修を行う甲子園でもフィールドについては拡張を行う予定はない。ただし甲子園の両翼は、アルプススタンドのコーナーが張り出しているためこの数字となっており、外野フェンスとファウルラインの交点までの距離となっている他の球場とは一概に比較できない。また左右中間の膨らみは規定されておらず、甲子園のように左右中間までの距離がセンターまでとほぼ変わらず巨大な膨らみを持つ球場から、東京ドームのように左右中間の膨らみがほぼないものまで様々である。フェンスの高さも規定されておらず、福岡ドームは5.8メートルあり、アメリカのフェンウェイ・パークにならって「グリーンモンスター」と通称されている例もある。

1984年ロサンゼルスオリンピックから野球が公開競技となることが決まると、既存球場の広さでは将来的なオリンピック開催や選手の野球技術の向上の点で国際的に通用しないとの危機感が浮上した。1981年12月24日日本野球機構下田武三コミッショナーは12球団のオーナーらに要望書を送付。新設する野球場は正規の規格で建設するよう訴えた。こうした流れを受けて、1980年代後半以降は国際ルールに適合、またはそれに準ずる球場が続々完成(改修工事を施した球場でも両翼を国際基準、またはそれに準じたサイズに拡大)し、ラッキーゾーンのあった球場も倉吉(ナイター設備がラッキーゾーンの中にあるため撤去が困難)を除いて全て撤去された。なお、神宮はラッキーゾーン撤去後はそれがあった位置にラバーフェンスを移動し、外野観客席を新設している。

日本等多くの国の場合は基本的に両翼・左中間・右中間のサイズは均一されているが、アメリカの場合、ドーム球場全盛期のころは統一されていたが、後の新古典派球場(後述)ブームの到来で、変則的な体裁をとっているスタジアムも少なくない。

野球場のフィールド

野球場と芝

元々、本場アメリカでは内外野に芝生が敷かれ、野手・走者の動きの激しい塁間のみが土である内外野総天然芝球場が多かった。一方の日本では、内野天然芝は管理が不便であるため、古くは内野が土の野球場が多かった。

後々、人工芝が開発され、ベースの近くを除き、内外野問わず、人工芝を使う野球場が増えていった。人工芝は球場の多目的利用を可能にし、また維持コストも安いことから、次々と野球場に敷設された(詳しくは人工芝の項を参照)。アメリカ(メジャーリーグ)においては、1965年完成のアストロドームを手始めに、1980年代までに人工芝の野球場が次々と建造され、また天然芝の野球場も人工芝に張り替えられるなど、人工芝は一時、隆盛を極めた。

日本においてもアメリカの人工芝ブームに合わせて、1976年後楽園球場を始め、西宮球場1978年外野のみ、1990年総人工芝化)、平和台野球場1979年)、明治神宮野球場1981年)、藤井寺球場1985年外野のみ、1996年総人工芝化)、川崎球場1991年)など次々と天然芝球場が人工芝化した。人工芝は天然芝より雨に強く、雨の多い日本の気候に適しているとされ、プロ野球球団は試合の雨天順延を減らすことによって利益を増やせるため、1970年代後半以降にプロ球団の本拠地として新設された野球場のほとんどが人工芝となった。

アメリカでは、1992年ボルチモア・オリオールズの新本拠地として天然芝、レトロ調、左右非対称、野球専用のオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズが完成した。この野球場は、人工芝、閉塞感、広いファールゾーンなどの欠点をもった従来の多目的球場に飽きていた多くのアメリカの野球ファンに賞賛された。これをきっかけに天然芝、レトロ調、屋根なし(開閉式を除く)の野球専用球場(ボールパーク)建設ラッシュが始まり、1960-1970年代に建造された近代的な人工芝球場、ドーム球場は次々と淘汰された。一時期はメジャーリーグの本拠地球場の半数近くが人工芝球場であった時期もあったが、現在、30球団のうち人工芝の野球場は3球場のみである。

一方、日本では1990年代以降もドーム球場が次々と建設され、それに合わせて人工芝の野球場も増えていった。1995年野茂英雄のメジャー挑戦以降、日本の野球ファンの間でも天然芝への認識が高まり、天然芝球場を求める声も強くなっていった[要出典]2001年ごろ起こった千葉マリンスタジアムのドーム化計画や、横浜での人工芝ドーム球場建設計画にファンが抗議し、逆に既存球場の天然芝化を要求したこと(両球場とも2003年ハイテク人工芝化)、広島の新球場計画においてもドーム球場の構想があったものの、新球場を本拠地とする予定の広島東洋カープがドーム完成後の採算性を危惧し、また選手らの肉体的負担を考慮して天然芝のフィールドを強く求めたことなどからレトロ調ボールパーク建設計画に変更されたこと(2003年に計画凍結、2005年に現計画が再開。詳細は広島市民球場#新球場建設と跡地利用を参照)などがこの代表例である。グリーンスタジアム神戸(スカイマークスタジアム)など内外野天然芝球場にする野球場も少しずつながら増えてきているが、球団首脳の間での天然芝への認識は低く、現在のところ全12球団のうち天然芝を採用しているのは前述の神戸を含め広島市民球場阪神甲子園球場の3球場のみである(詳しくは天然芝の項を参照)。プロ野球におけるドーム球場、人工芝球場の増加は、試合の雨天順延を減らし、天然芝球場を本拠地とする球団も間接的にその恩恵を受け、リーグ全体の試合消化を順調にした。現在のプロ野球は梅雨という日本独特の多雨な季節の存在や交流戦プレーオフの導入によって日程に余裕がなくなっており、メジャーリーグ並みの数時間にも及ぶ雨天中断、ダブルヘッダーを認めない限り、天然芝球場を増やすことは難しい状況になっている。かつては時折見られた、シーズン終盤のダブルヘッダー日本シリーズ裏での消化試合を懐かしむファンもいないではないが、これらは球団経営や選手(特に投手)の健康への負担が大きく、復活の可能性は乏しいと思われる。

近年では、天然芝の代替品として、ハイテク人工芝(足腰への負担を軽くし、天然芝の感触に近い人工芝。詳しくは人工芝の項参照)が導入され、2002年の東京ドームを始めとして、京セラドーム大阪フルキャストスタジアム宮城横浜スタジアム千葉マリンスタジアムに次々と敷設された。

天然芝

日本では、天然芝を使用するグラウンドの場合、主に外野部分とファウルエリアに芝が敷設されている。洋芝が使用されているケースもあるが、専ら高麗芝が重用されている。

内野のマウンドとランニングゾーンを除く部分にも芝が敷設されている、内外野天然芝の野球場はアメリカなどでは一般的だが、日本ではまだ少数派で、かつて西宮球場(1937年完成 - 1940年代後半)、東京スタジアム(1962年完成-1972年閉鎖 現・味の素スタジアムではない)や神宮球場(米軍接収時)、後楽園球場(1965年-1975年)などで内外野天然芝を採用していた時期もあったが、その後は普及しなかった。

なお、現在国内の内外野天然芝の球場の内、プロ野球公式戦(含二軍)が開催されるのは、鶴岡ドリームスタジアムスカイマークスタジアム(旧グリーンスタジアム神戸)、サンマリンスタジアム宮崎の3箇所のみとなっている。

  • 長所
    • クッション性が良いため選手の膝への負担が軽く、スライディング等よる摩擦による火傷をしにくいことから選手は思い切ったプレーができる。
    • ゴロによる球速が失われやすくイレギュラーバウンドも発生しやすいため、内外野手とも高レベルな技術が要求される。
  • 短所
    • 管理が難しく、また年間維持費用も人工芝に比べて余計にかかる。
    • 刈り込みや施肥、オーバーシードなどといった日常の管理作業が必要で、フィールドの状態を恒常に保つのが非常に困難。特に内野に芝を敷設した場合、打球やスパイク等による損傷が激しくなる恐れがある。
    • イベントや他競技との併用が難しい。

もっとも人工芝も張替え時には天然芝以上のコストがかかるとの指摘もある。また、味の素スタジアムなどイベントとの併用を実現している天然芝競技場も存在する。

人工芝

  • 長所
    • 維持管理が簡便であるため一旦敷いてしまえばランニングコストは低廉であり、フィールドを多目的利用できる。
    • 耐久性があるため、同日中に複数試合を行うことができる。
    • フィールドの状態を長期間に亘ってほぼ恒常に保つことができる。
    • 雨に強く、試合の雨天順延を減らせる。
  • 短所
    • 新品を敷設する際の初期投資額が膨大。また、使用済みのものは産業廃棄物として処理しなければならない。
    • 天然芝と比較すると概して滑り易く、スパイクの突き上げによる衝撃も大きいためプレーヤーの脚やヒザに負担が大きい。
    • 屋外野球場での夏期の日中は反射や照りつけによる温度上昇が激しく、プレーヤーに負担がかかる。
    • メーカーや球場によって踏圧やボールのバウンド高がまちまち。品質基準も曖昧になっている部分がある。

1976年に後楽園球場に人工芝が導入された当時、守りやすい、見てくれがいい(当時、日本の野球場の天然芝の管理状態は現在に比べて悪かった)など、選手・ファンからは好意的だったが、選手の体への負担の増大や、イレギュラーが少なく、球足が速いことから“打球が来るのを待つ”ような受け身の守備が増え、特に内野手の守備レベルが低下しているのではないかという懸念も一部ではある(ただ、人工芝のフィールドでも高いレベルの守備力を発揮する選手も多数おり、一概に論ずることはできない)。アメリカを始め外国では野球場のほとんどは天然芝であり、オリンピック、野球ワールドカップなど国際試合が増えてきた昨今において、日本の野球場の人工芝化が(天然芝球場が主体の)国際試合での日本の戦績に与える影響を危惧する声もある[要出典]

2007年現在、日本国内でプロ野球本拠地として使用されている13球場のうち、10球場が人工芝を採用している。 開発当初の人工芝はパイル(毛足)が短く、スライディングすると火傷や擦過傷を負うことも少なくなかった。1980年代に入ると、透水性やクッション性を高めるため、下層部に砂・土を散布もしくは充填したものが開発された。さらに1990年代後半になるとパイルの丈が5~6cmと長くなり、さらに下層部には砂・土に加えラバーチップを散布もしくは充填してクッション性を高めた「ロングパイル人工芝」(通称:ハイテク人工芝)が開発され、日本のプロ本拠地野球場でもロングパイル人工芝を導入するところが増加している。こうしたロングパイル型は従来の人工芝に比べ、身体への負担が軽いなど選手からも概ね好評である。屋外野球場として人工芝を使用している明治神宮野球場はデーゲームで高校や大学、社会人などアマチュア公式戦を行った後、ナイターでプロ野球を開催するなど、同日中に複数の試合を行うことが多いため、耐久性のある人工芝の特徴を活かしている。

だが、一方で「所詮、人工芝は人工芝」(松井秀喜)といった否定的な意見もある。実際、人工芝が導入されてからは足首の捻挫、靭帯や半月盤の損傷などの怪我が多くなったという意見がメーカーなどに寄せられている。人工芝のパイルにはポリエチレンなどの材質を使用しているため滑りやすくなっている。このため、不慣れなプレーヤーがプレー中に足を滑らせて転倒するようなことがしばしばある。特に降雨時等、パイルが水を含んだ時にはよりスリップしやすくなる。また現在使われている野球スパイクのスタッド(歯)には金属や樹脂が使用されているが、天然芝であれば芝の下の土の部分までスタッドが刺さるため、それが衝撃吸収の役割を担う。しかし人工芝ではスタッドが刺さりにくいため衝撃が直接膝や脚にかかることが多い(一部の選手らからは「下から突き上げるような衝撃を感じる」という意見がある)。また、激しいプレーではスパイクの引っ掛かりが土や天然芝に比べて強いことから筋肉や関節に特に負荷が掛かりやすい。さらに夏場など猛暑の際には輻射熱や日光の照り返しによってフィールドの表面温度が高温になりやすく、プレー条件が低下する恐れも生じる。こうした要素から、人工芝は天然芝や土に比べて故障を誘発しやすいといわれている。メーカー側も「土のグラウンドと違う筋肉を使うので、疲労がたまりやすい」と、人工芝にはある程度の「慣れ」が必要であることを指摘している。

とはいえ、天然芝も維持管理には農薬や化学肥料を使用しているケースが多く、あらゆる安全性を勘案すると総合的な優劣は一概に判断し難い部分もある。

芝がなく、土が剥き出しになっているグラウンド。天然芝より維持が容易で、人工芝より初期コストが低い。

日本では、外野は天然芝(ごく稀に人工芝)、内野は土という球場が多く、かつてはプロ野球球団の本拠地球場もこの形式が多かった。現在でも広島市民球場、阪神甲子園球場はこの形式である。その他軟式野球専用の野球場では内外野すべて土のグラウンドも見られる。

アメリカでは土のグラウンドの球場は少なく、メジャーリーグの本拠地球場には使用されていない。AA、Aクラスのマイナーリーグなど低いグレードの球場では一部使用されているが、基本的に人工芝以上に評価が低い。また日本では柔らかく湿気を含んだ黒土が好まれるのに対し、アメリカでは白く乾いた土が使われるのが通例である。このため日米間で移籍した選手は、芝の有無以上にグラウンド(特にピッチャーズ・マウンドなど)の固さに対する違和感を感じることが多い。

付帯設備

おおむね次のようなものがあるが、野球場の規模によって付帯する設備は大きく異なる。

フェンス

外野及びファウルゾーンに設け、グラウンドとグラウンド外とを区切る柵。コンクリートパネルや金網などが用いられる。野手がフェンス際の打球を取りに出て衝突した際に怪我をしないよう、コンクリート部分には発泡ラバーや発泡ウレタンなどの素材で造られた緩衝材を設けているところが多い。

1977年4月29日川崎球場で開催された大洋ホエールズ阪神タイガース9回戦で、左翼への飛球を追った阪神・佐野仙好がフェンスのコンクリート部に頭を強打し重傷を負ったことがきっかけで、プロ本拠地にはラバーフェンスの設置が義務付けられた。また1988年以降は、フェンスに緩衝材が設置されていない野球場では地方に所在するものも含め、プロ野球の試合は一切開催できないと取り決められており、現在はアマチュア野球の公式戦の多くも、緩衝材が設けられている野球場で行われている。

また、西武ドームや長野オリンピックスタジアムなどファウルゾーン内にブルペンを設けている野球場では、グラウンド間を金網フェンスなどで区切っているところがある。このうち西武ドームでは2001年6月20日に開催された西武ライオンズ大阪近鉄バファローズ16回戦で、一塁側ファウルゾーンへの飛球を追った西武・平尾博嗣がブルペンのフェンスに衝突した際、右足のスパイクを金網に引っ掛けて足首を強く捻り、複雑骨折する重傷を負ったのがきっかけで、同年オフにブルペンのフェンス下部をラバーフェンスに改修している。

バックネット

本塁の後方に設けられる網で、ファウルボールがグラウンドの外に出るのを防ぐ。支柱を立てて金属製もしくは合成繊維製の網を張る。観客席のある野球場では視認性を良くするために、観客席上に張ったロープからステンレスなどの網を吊り下げる方式が多い。

ファウルポール

打球がフェアかファウルかを判断するため、ファウルラインがフェンスと接する地点に立てる柱。公認野球規則では「白く塗らなければならない」と定められているが、打球の判別の便宜上、他の色でもよいとされている。白色ではボールが見えにくいことがあるため、現在はより判別しやすい黄色や橙色が多く使われている。また判断をより正確にするため、ポールのフェア地域側にネットを取り付けたものもある。

打球が直接ファウルポールに接触した場合は本塁打、打球が地面やフェンスに当たってからポールに接触した場合はエンタイトル二塁打となる。

スコアボード

競技の得点を表示するための設備。通常、外野中堅の後方に設けられることが多い。従来はイニングスコアや選手名をパネルにより掲出する方式が一般的で、鉄や木のパネルに手書きするか、紙に印刷したものを貼付して表示していた。故に表示の際には人力による作業を必要とするため、出場選手が交代する場合等にはパネルの入れ替えや書き換えに手間取ることもしばしばあった。

今では電球や高輝度放電管、発光ダイオード(LED)を使用した電光式のシステムや、電磁石で制御する磁気反転式のシステムを使用して表示部を遠隔操作する方式が主流となりつつある。また1997年以降、日本のプロ12球団が本拠地とする野球場は全て電光式を採用しており、それに加え大型映像装置が設置されている。これによりボールカウント、アウトカウント、プレイヤーの氏名、打順と守備位置、審判名のほか、投手の球速、打者の現時点における打率・本塁打・打点(その打席での結果如何でこれら数値は変動するが、これも演算により修正可能で、上昇・下降が即時表示される)、果ては風向・風速などさまざまな情報を表示できる他(千葉マリンスタジアム。測定用の風車がフラッグポールと同じ位置にある)、映像装置を使用して観客により多くの情報を提供でき、かつ様々な演出が行えるようになった。

1980年代後半から各地で採用されている磁気反転式のスコアボードは、ランニングコストやメンテナンスの低廉さと直射日光下での視認性の高さから主に地方球場で普及したが、表示部が自ら光を発せないため夜間にはスコアボード全体をライトアップせねばならず、また経年劣化すると表示部が帯磁して動作に不具合をきたしやすいという難点があり、老朽化して動作不良を起こすケースがしばしば発生している。近年は地方球場においても、消費電力が少なく且つ昼夜を問わず視認性を確保できるLED式のスコアボードを採用する例が多くなりつつある。

バックスクリーン

外野の中堅後方に設けられる暗色の板状の部分。打者・捕手・球審が投手の投球を視認しやすいように設けられる。日本では一般にバックスクリーンと呼ばれるが、これは和製英語で、英語ではcenterfield screen、もしくはcenterfield fence、batter's eye screenなどと呼ばれる。

公認野球規則に定めはないが、プロ野球球場ではバックスクリーンかこれに類似した措置(それに相当する外野席を暗色にしてその部分には観客を入場させないなど)が執られている。スコアボードと一体化されている野球場も多い。

バックスクリーンを参照

ブルペン

投球練習場。内野ファウルグラウンドに多く設けられたが、甲子園球場や藤井寺球場では外野ラッキーゾーンにあった。練習中に打球が当たる恐れなどもあることから、近年、プロ野球球場では観客席下など(1階の関係者施設地区)に設けていることが多い。メジャーリーグの球場では外野席と外野フェンスの間、ファウルグラウンドなどフィールド上に設けられている場合が多い。

ブルペンを参照

プレーヤーズベンチ

両チームの選手、コーチなどの控え場所で、一塁、三塁のファウルグラウンド外側に設けられる。日本では通常一塁側をホームチーム、三塁側をビジターチームが使うが、野球規則にはどちらをホームチーム側とすべきといった規則は無い。公認野球規則1.08には「ホームクラブは、各ベースラインから最短25フィート (7.62m)離れた場所に、ホームチーム及びビジティングチーム用として、各一個のプレーヤーズベンチを儲け、これには左右後方の三方に囲いをめぐらし、屋根を設けることが必要である」とある。グラウンドよりも低い位置に設けられたものを「ダッグアウト」(dugout)、グラウンドと同じ高さに設けられたものを「ベンチ」(bench)と呼ぶ。プロ野球球場では、観客席を設ける関係でグラウンドよりも低い場所に設けられることが多い。

観客席(スタンド)

競技を観覧するための座席を備えた建物。グラウンドに向かって階段状に設けられる。重層になっていたり、屋根が付いたりする場合もある。また小規模な野球場では外野席が土盛り(芝生のみで座席が設けられないことも多い)であったり、観客席が内野にしか設置されていないものも見られる。

照明

夜間(昼間でも薄暗い時等)に試合を行うためにグラウンドを照らす設備。グラウンド全体を照らすため、複数(数個~数百個前後)の電球から成る照明を鉄塔など一定の高さの場所に設置する。光源には水銀灯、ハロゲンランプ、メタルハライドランプ、高圧ナトリウムランプなどが用いられる。また、これら複数の光源を組み合わせ、昼光色を可能な限り再現したものは「カクテル光線」と呼ばれ、こうした照明設備の灯りを表現する言葉としてしばしば用いられる。照明設備は複数の鉄塔(4~6基)に架設する形式のものが最も一般的だが、千葉マリンスタジアム岡山県倉敷スポーツ公園野球場(マスカットスタジアム)、松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)などではスタンドの庇(ひさし)に照明を架設する手法が用いられている。野球場の照度は硬式、軟式と競技区分別にJIS規格で定められており、プロ野球の場合内野は1500~3000ルクス、外野は750~1500ルクスの平均照度が必要とされている。

日本で初めて野球場の照明設備を設置したのは早稲田大学戸塚球場で、1933年7月に完成した。高さ30.6mの照明塔6基に1.5kwの電球を156個取り付けたもので、照度は内野で150ルクス、外野で90ルクスしかなかった。

ボールパーク(ball park)

ボールパークとは英語で野球場のことを指す言葉。単にパーク、あるいはフィールドという場合もある。

日本では従来、野球場のことを英語でスタジアム(野球に限らず、観客席を持つ競技場を意味する単語)と呼び、ボールパークと呼ばれることはほとんどなかった。現在、日本でボールパークという用語が用いられる場合、それは天然芝、狭いファールゾーン、野球専用でプレーが観やすい観客席、レトロ調、左右非対称のグラウンド形状、設計の随所に見られる遊び心を特徴としたアメリカ・メジャーリーグの球場、もしくは同様の趣向で設計された野球場を指す場合が多い。このような野球場のスタイルは新古典派(ネオ・クラシカル様式)と呼ばれ、1992年に開場したオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズがその先駆けとなった。

カムデンヤーズはデザイン面だけでなくマーケティングの面でも画期的な存在であった。それまでの球場はアメフトとの兼用が多く、そのため少ない試合数でより多くの観客を収容することに重点を置いた設計であった。これはレギュラーシーズンだけで年間162試合もこなすMLBにとっては収容力が過剰であった。そこで、カムデンヤーズはあえて収容人数を4万人台まで減らし、相対的に収容率を上げ、ファンにチケット購入に対する飢餓感を醸成させた(「早く買わないとチケットが売り切れるかもしれない」と思わせることが購買意欲をあおる最高のマーケティングとなる)。一方で、客単価の高い高付加価値の上位クラス座席を増設し全座席に対する比率を上昇させ、全体の座席数は減らしながらも、収益性は逆に高まるというビジネスモデルを作り上げた[1]。これに倣い、その後の新球場も座席数を抑える傾向にある。

日本においてはグリーンスタジアム神戸(スカイマークスタジアム)が2000年ボールパーク計画を発表し、プロ野球本拠地として近年で初めて内野を天然芝化した。その後も低いフェンス、内野にせり出したフィールドシート、1990年代から続くスタジアムDJによる場内アナウンスなど球場をアメリカ風のボールパークへと改革していった。

さらに東京ドーム、宮城球場(フルキャストスタジアム宮城)で相次いでフィールドシートが設置され、千葉マリンスタジアム、横浜スタジアムで内野フェンスが低くされるなど、他球場でもボールパーク化の試みが行われている。

これらの動きは、野茂英雄のメジャーリーグ移籍以降、メジャーが日本国内でも馴染みの深いものとなってから、急速に広がった。

アメリカにおける1990年代からの新球場建設ブームの背景[2]

1992年のオリオール・パーク・アット・カムデンヤーズを皮切りにMLBは未曾有の新古典派新球場建設ブームに沸いた。2006年までの15年間に16もの新球場が開場した。この理由には、ほとんどの野球場が建設費用の大半を税金でまかなっていることが挙げられるが、日本ではこの事実が報道されることはほとんどない。バド・セリグコミッショナーの卓越した経営手腕の下、アメリカ野球史上に残る好景気を記録し、日本に比べて黒字経営球団の多いメジャーリーグといえど野球場の建設費用は莫大であり、簡単に調達できる金額ではない。

そこで、ほとんどの新球場建設にあたっては、住民投票によって地元住民の同意を得て税金投入や特別税徴収、公債発行が行われている。また、税制の優遇や自治体から球団への格安でのリース契約など、制度面での多くの優遇政策がこのような新球場建設ラッシュを生んでいる。2006年までに建設された新古典派球場のなかで住民投票で税金投入などが認められなかったのはAT&Tパークサンフランシスコ・ジャイアンツ)のみである[3]。例えば、2010年開場予定のミネソタ・ツインズの新球場は、建設費用5億2200万ドルのうち、約4分の3に相当する3億9200万ドルがミネアポリス市など地元自治体の負担である。その大半が地元住民の納めた税金であり、ミネアポリス市があるヘネピン郡では消費税率を引き上げている。このように、新球場建設には地元住民の理解と協力が不可欠であり、住民の金で造られたのと同義である。

なぜこのような公金投入が行われることになるのかは、アメリカの経済学者、アンドリュー・ジンバリストの著書『May the Best Team Win』[4]などに詳しい。それによると、MLB機構は球団の数や移転を管理し、球団数よりもそれを欲しがる自治体のほうが多い、需要過多・供給不足の状態を意図的に作り出している。そのため、フランチャイズ都市では球団オーナーがより良い待遇・環境を自治体から引き出すために移転をチラつかせる行為が当たり前のように行われている。地域の象徴であり、地域活性化にもつながるプロスポーツチームを手放したいと思う自治体は少なく、たいていの場合、オーナーや球団の要求を呑むことになる。

また、かつて存在した「アメリカの古き良き野球場」を模した球場が、人々に懐かしさという感情をわき起こさせたことが、新古典派球場ブームの根底にある、というアメリカ固有の事情があるということが重要である。

ドーム球場

京セラドーム大阪
京セラドーム大阪

詳細はドーム球場を参照

ドーム球場とはグラウンドをドーム形状の屋根で覆った野球場のこと。天候に左右されずにゲームを開催できるという長所がある。

世界初のドームスタジアムは1965年アストロズの本拠地として建設されたアストロドーム。日本初のドームスタジアムは1988年完成の東京ドームである。現在、日本でプロ野球チームの本拠地として使用されているドーム球場には東京ドーム(1988年)、福岡ドーム(福岡Yahoo!JAPANドーム、1993年)、ナゴヤドーム(1997年)、大阪ドーム(京セラドーム大阪、1997年)、西武ドーム(1999年)、札幌ドーム(2001年)がある。また地方には大館樹海ドーム(2軍戦が開催)、出雲ドームなどが存在する。

ドーム球場は屋根の仕様から大まかに2つのタイプに分類することができる。1つ目のタイプは屋根の素材にテフロンコーティングのガラス繊維膜材などを使用し、場内を陽圧化することで屋根を持ち上げるタイプである。東京ドームやアメリカのメトロドームがこれにあたる。2つ目のタイプは天井を鉄骨屋根で覆うタイプである。福岡Yahoo!JAPANドームをはじめ日米問わずほとんどの球場がこの方式を採用している。また木造建設の大館樹海ドーム、屋外野球場に屋根をかぶせたグッドウィルドームなど、珍しいケースもある(「西武ライオンズ球場」時代は無蓋だった)。

当初は、屋根で場内を完全に密閉した密閉式のドーム球場が多かったが、青空・夜空の下での野球観戦を希求する声が強くなるにつれて、天候によって屋根を自由に開閉できる開閉式ドーム球場が登場した。世界初の開閉式ドーム球場はモントリオール・エキスポズの本拠地だったオリンピックスタジアムで、1988年改修されて簡易開閉式となった(ただし同球場は設計ミス・故障により屋根を開閉できない状況が続いた)。当初から開閉式として建造されたドーム球場はブルージェイズの本拠地として1989年完成したロジャース・センター(旧スカイドーム)である。このスタジアムは日本初にして唯一の開閉式ドーム球場である福岡ドーム(福岡Yahoo!JAPANドーム)の設計に影響を与えている。

開閉式ドーム球場が生まれた当初はあくまでドーム球場であることを売りとしており、造形的にも屋根の開閉が可能なドーム球場としての色彩が濃かった。現に日照量が足りないこともあり、スカイドーム(ロジャースセンター)、福岡ドーム(ヤフードーム)は人工芝である。

しかしアメリカでは1990年代以降、レトロ調ボールパークがブームになるにつれ、開閉式の屋根を建設するにしても、悪天候時のみ屋根を閉じる前提の設計とし、フィールドには天然芝を敷設し、屋根はドーム形状を用いない、「ドーム」を名乗らない、などボール・パーク色の強いものとなっていった。セーフコ・フィールドミラー・パークミニッツメイド・パークなどがその代表例で、ドーム形状の屋根ではないため「ドーム球場」とは呼ばれない。

なお日本で唯一の開閉式ドーム球場であるヤフードームは日照量の問題、騒音問題、強風、開閉する際にかかるコストなどの複合的な要因で、ここ数年は屋根を開けて試合を開催できない状態になっている。また野球場ではないが、サッカー場として建造された天然芝の御崎公園球技場では、日照や通風などの問題で芝の生育が不良になるという問題も発生している。

また、1999年完成の西武ドームは、屋根を支えるための、客席のみを覆うドーナツ状の鉄傘を取り付ける第1次工事が完了した1998年度に西武ライオンズ球場から一時的に西武ドーム球場(翌年正式に西武ドームへ改称)へと改称したが、グラウンド部分には屋根がなく降雨時にはもちろん雨天中止となった。このようにドーム球場ではないにもかかわらずドームを名乗るという珍しい状況が1年間続いた。

特徴のある野球場

日本国内

海外

多目的施設としての野球場

広大さと収容能力の点で利点を持つことから、野球場は古くから野球以外のスポーツやイベントの開催地として使われてきた(阪神甲子園球場は設立当時から多目的施設としての利用も視野に入れていた)。

野球以外のスポーツで野球場を利用することが最も多い競技は、野球と同じく米国発祥の競技であり、広大なフィールドを必要とするアメリカンフットボールである。シーズン開催時が重ならないことから、米国ではマカフィー・コロシアムのように、野球場がMLBNFLの本拠地として併用されている例が多い。ただし近年は分化がかなり進んでいる。日本でも甲子園ボウルライスボウル(東京ドームで開催)などのように、ボウル・ゲームを野球場で行うケースが多い。

近年ではプロレス(主に新日本プロレス)・K-1などの格闘技が行われることも多い。ほかにもサッカー(常打ちである札幌ドーム以外)、競輪などが野球場で行われた例がある。詳細は各野球場の記述を参照。

イベントとして多いのはコンサートである。日本ではかつて、日本武道館で単独コンサートを行うことが一流の証と考えられてきた時代があったが、 近年は収容能力をはるかにしのぐ野球場でのコンサート(主に東京ドーム)が最大のステイタスとされている。観客動員力が高いバンド・アーティストを『スタジアム級』と称することからも、それが伺える。ただし、野球場はもともと歌や演奏を聞かせるために作られた施設ではないため、音響や舞台設置の面で問題が生じることが多く、高い人気を得ていても、あえてスタジアムコンサートを行わないアーティストもいる。

他にも、展覧会や大きな団体の集会でも使用される例がある。

関連項目

脚注

  1. ^ [1]
  2. ^ 杉浦大介「[新球場建設が続く理由]税金を使って球場を建てるって本当?」『SLUGGER』2008年2月号、日本スポーツ企画出版社、44-47頁
  3. ^ ただし、ジャイアンツは税額控除を受けている。また、建設当時はサンフランシスコ・ベイエリアシリコン・バレーの好景気に沸いており、この巨大な経済基盤を持つ大都市であったからこそ、自前での球場建設が可能だったのである。
  4. ^ 『60億を投資できるMLBのからくり』鈴木友也訳、ベースボール・マガジン社、2007年、ISBN 9784583100180

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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