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男鹿市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

男鹿市
おがし
image:Image:Flag of Japan.svg 日本
地方 東北地方
都道府県 秋田県 秋田地域振興局
団体コード 05206-0
面積 240.80km²
総人口 34,101
推計人口、2008年3月1日)
人口密度 142人/km²
隣接自治体 潟上市
山本郡三種町南秋田郡大潟村
市の木
市の花 ツバキ
市の鳥 アオサギ
男鹿市役所
所在地 〒010-0511 秋田県
男鹿市船川港船川字泉台66-1
電話番号 0185-23-2111
外部リンク 男鹿市の公式サイト

男鹿市位置図(秋田県)

:市 / :町・村
特記事項:
面積・人口の値は(旧)男鹿市、若美町の合計
面積に、八郎潟調整池の面積は含まれていない。

人口密度:148人

Template (ノート 解説) 日本の市町村pj

男鹿市(おがし)は、秋田県西部に位置する日本海に面した男鹿半島の大半を占める。

目次

地理

男鹿市は、男鹿半島のほとんどを占め、3方を日本海に囲まれている。男鹿半島には、寒風山と本山の2つの山があり、滝川を初めいくつかの河川が海に向かって流れる。市西部には、戸賀湾があり、戸賀港や市役所の戸賀出張所が置かれる。また、北西端には入道崎がある。市南部は、人口が集積し、鉄道が走り市役所が置かれる。

隣接している自治体

歴史

  • 1954年(昭和29年)3月31日 - 南秋田郡船川港町脇本村五里合村男鹿中村戸賀村が合併し、旧・男鹿市が誕生。
  • 1955年(昭和30年)3月1日 - 南秋田郡北浦町船越町が旧・男鹿市に編入。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 拂戸村(ふっとむら)、潟西村が合併し、琴浜村が誕生。
  • 1970年(昭和45年)11月1日 - 琴浜村が町制施行・即日改称し、若美町となる。
  • 2005年(平成17年)3月22日-(旧)男鹿市、若美町が合併し、新制の男鹿市誕生。

市長

旧・男鹿市

  • 初代…中川重春
  • 2代…佐藤俊雄
  • 3代…斉藤久治
  • 4代…吉田金忠(初代・中川重春の甥)
  • 5代…菅原慶吉
  • 6代…佐藤一誠(2代・佐藤俊雄の子)

現・男鹿市

  • 職務執行者…佐藤文衛(旧・若美町長)
  • 初代…佐藤一誠

産業

漁業

  • 船越漁港
  • 脇本漁港
  • 椿漁港
  • 門前漁港
  • 加茂漁港
  • 畠漁港
  • 湯之沢漁港
  • 北浦漁港
  • 五里合漁港
  • 若美漁港

提携都市

交通

鉄道

バス

道路

  • 自転車専用県道
    • 秋田県道403号秋田男鹿自転車道線

港湾

  • 船川港
  • 戸賀港

地域

教育

高等学校

中学校

  • 男鹿市立男鹿北中学校
  • 男鹿市立男鹿南中学校
  • 男鹿市立男鹿東中学校
  • 男鹿市立潟西中学校

小学校

  • 男鹿市立五里合小学校
  • 男鹿市立船川第一小学校
  • 男鹿市立船川南小学校
  • 男鹿市立船越小学校
  • 男鹿市立北陽小学校
  • 男鹿市立脇本第一小学校
  • 男鹿市立払戸小学校
  • 男鹿市立鵜木小学校
  • 男鹿市立野石小学校

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

出身有名人

関連項目

その他

  • 市外局番は0185で大潟村と共通。ただし、同じ0185の能代市山本郡とは単位料金区域(MA)が異なるため市外局番が必要。
  • 指定金融機関秋田銀行である。指定代理金融機関北都銀行男鹿支店である。
  • 旧男鹿市は、かつての秋田県中央信用組合の本拠地であったが、破綻に伴い本店近くに秋田信用金庫が有人出張所を設置している。旧本店ビルは男鹿市商工会に売却されることになり、2006年9月にオガルベの名前で新たな男鹿市商工会館としてリニューアル。同市中心部における再開発拠点となる。それ以前の男鹿市商工会の建物は再開発の予定。
  • 平成の大合併で、新設合併に伴う市町村長選挙において、秋田県内では唯一無投票で初代市長が決まっている。
  • 2007年9月、全国で過去の社会保険事務所での国民年金着服・横領問題を調査した結果、男鹿市は秋田県内全市町村で窓口職員における横領・着服の件数が最も多かった。市区町村職員による国民年金保険料の横領問題で、秋田県男鹿市は10月5日、時効が成立していない事案1件について、刑事告発しないと発表した。理由は全額弁済されているほか、着服したのは当時の嘱託職員で、退職して社会的制裁を受けていることなどを理由としている。男鹿市福祉部によると、国民年金課の収納指導員だった当時40歳代の女性職員が、1998年4月から2001年12月にかけて計21回にわたり、預かった保険料計194万1,800円を着服した[1]

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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