梓みちよ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
梓 みちよ(あずさ-、1943年6月4日- )は、日本の歌手。福岡県福岡市博多区出身。本名・林 美千代。1960年代から1970年代を中心に数曲のヒットを飛ばした。アメリカンポップスから大人の匂いを漂わせる歌謡曲まで幅広いレパートリーを持つ。
目次 |
人物
1961年に宝塚音楽学校を中退して渡辺プロダクションと契約、歌手として活動を始めた。1963年には大ヒット曲となった『こんにちは赤ちゃん』をリリース。1964年(昭和39年)5月、東京・文京区の椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招待され、昭和天皇の前でこの歌を披露するなど社会現象となった。1970年代以降は、ムード歌謡的な大人の雰囲気を漂わせる曲へとイメージチェンジしていき、『二人でお酒を』、『メランコリー』のヒットを飛ばした。また、桂三枝司会の長寿番組「新婚さんいらっしゃい!」の2代目アシスタントを務めた。現在も、芸能活動を行っている。また一時期、歯にダイヤモンドを埋め込んでいた。
私生活では和田浩治と結婚もスピード離婚。以降東尾修との関係を30年以上取り沙汰されていたが、現在まで独身である。
また同じ福岡市・ツルタバレエ・宝塚音楽学校出身の後輩小柳ルミ子から宝塚退団の際、渡辺プロとの契約や芸能活動のいろはについて相談をうけ助言を行ったといわれているが、後年は梓自身及び小柳の諸々の言動から不仲の噂がたったことがある。
「さんまのまんま」第69回(1986年10月6日)に出演した時、明石家さんまに対し、何か気に食わなかったのかシャンパンをさんまに対してぶっ掛けたことで、その人間性の一端が明らかになった。あまりにも理不尽な行為を2度もおこなったため、世論からバッシングを受けた事がある。このあと、さんまは梓から高級なアクセサリーがお詫びとして送られてきたことをテレビで明らかにしている。
2006年4月1日から1年間オスカープロモーションに所属していた(その後移籍)。
代表曲
- 『こんにちは赤ちゃん』(作詞:永六輔 作曲:中村八大。NHK『夢であいましょう』1963年7月の歌。番組内で募集した譜面の応募総数が1万通を超える大反響となる。同年11月に発売されたレコードは100万枚を超える大ヒット。同年、第5回日本レコード大賞受賞曲となり、翌1964年センバツ高校野球の開会式行進曲にもなった)
- 『リンデンバウムの歌』
- 『忘れたはずなのに』
- 『ポカン・ポカン』
- 『渚のセニョリ-ナ』
- 『月夜と舟と恋』
- 『二人でお酒を』(作詞:山上路夫 作曲:平尾昌晃。歌いながら、地面に座る格好をする独特の振り付けでも有名)
- 『小心者』(作詞・作曲:中村泰士)
- 『二日酔い』
- 『メランコリー』(作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎)
- 『よろしかったら』(作詞:阿木燿子 作曲:筒美京平。日本専売公社「パートナー」CMソング)
- 『トマトジュースで追いかえすのかい』(作詞:阿久悠 作曲:大塚博堂 編曲:後藤次利)
テレビ
ドラマ
- お嫁さん(1)(1966年6月-12月、フジテレビ=日活) 主役の山縣まち子役および主題歌。
バラエティ
- 新婚さんいらっしゃい!(朝日放送) 2代目サブ司会者(1971年7月-1978年2月。1975年3月まではTBS系、同年4月以降はNETテレビ→テレビ朝日系で放送)
- 11PM(日本テレビ) 金曜版2代目サブ司会者(1982年6月-1984年9月)
関連項目
外部リンク
カテゴリ: 日本の歌手 | 1943年生 | 過去の渡辺プロ系列所属者 | 過去のオスカープロモーション所属者 | 福岡市出身の人物 | NHK紅白歌合戦出演者 | 歌手に関するスタブ
|
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴 Text is available under GNU Free Documentation License. |