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柴田淳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

柴田淳
基本情報
別名 しばじゅん・柴子
出生日 1976年11月19日
血液型 A型
学歴 多摩大学経営情報学部
出身地 東京都
職業 シンガーソングライターラジオパーソナリティ女優など
活動期間 2001年
事務所 コットンプロデュース(2001年2003年
MSエンタテインメント2003年2005年
JVCエンタテインメント2005年~)
公式サイト http://www.shibatajun.com/
  

柴田 淳(しばた じゅん、1976年11月19日 - )は、日本シンガーソングライター女性東京都出身。血液型A型。身長155.5cm。
所属事務所はJVCエンタテインメント多摩大学経営情報学部卒業。愛称は「しばじゅん」「柴子」。
音楽以外にも、ラジオパーソナリティ女優エッセイストナレーターなどマルチな分野で活躍中。

目次

年表

1976年
  • 11月19日、2人姉妹の次女として東京都に生まれる。
    • 両親の意向で、3歳からピアノを始めプロ志望向けの厳しいレッスンを受けてきたが小学生の頃に挫折。しかし、高校時代に聴いたSing Like Talkingの「離れずに暖めて」や塩谷哲のピアノの音色に影響され、音楽の仕事を望むようになった。
    • 20歳になったのを機に、親の許しを得て歌手を目指し数々のオーディションを受けるがなかなか合格できず、ある審査員から「君は一生懸命上手に歌おうとしてるけど、音楽ってただ上手に歌えば感動するものじゃないよね。」と言われ、作曲も独学で始める。
1998年
  • 1999年まで、Vikiと共に「Viki&JUN」というユニットで活動。
2001年
  • 6月27日、インディーズより「じゅん」名義でシングル「ぼくの味方」をリリース。
  • 10月31日、同曲でドリーミュージック所属第1号アーティストとしてメジャーデビュー(所属事務所はコットンプロデュース)。
    • 同日、公式サイトでWeb日記を開設。
    • 同月、『EBONY&IVORY』放送開始(2002年9月まで放送)。ラジオパーソナリティとしても活動を開始する。
    • デビュー当初のキャッチコピーは「隣のしばじゅん」。
2002年
  • 4月から1年間、仙台放送開局40周年イメージアーティストとして活躍。
  • 4月、『SNOW DIVER』(2002年9月まで放送)・『スコーピオンA』(2003年6月まで放送)放送開始。
  • oricon power next』6月度アーティストにシングル「月光浴」で選出。同曲で全国のFM20局以上のパワープレイを獲得、発売当時の東京地区のラジオデイリーオンエアチャートでは桑田佳祐の「東京」と首位争いを演じた。6月29日には『ポップジャム』(NHK総合)で地上波全国ネットの歌番組に初出演。同番組の「ブレイクレーダー」ではブレイクの可能性89%という驚異的な数値を記録した[1]。(これは、2003年11月に平川地一丁目「とうきょう」で更新されるまで出演アーティスト歴代トップであった。)。
  • ネットやラジオでも活躍し、ネットではWeb日記の更新や『別にいいんですけどね。』などの連載、ラジオでは3本のレギュラー番組を抱える。
2003年
  • 3月10日、フジテレビ系『めざましテレビ』内コーナー「広人苑」に出演。全国各地を廻る地道な宣伝活動が話題となった。放送時点で、宣伝活動での通算移動距離は延べ地球1周分(約40,000km)近くだったという。
  • この年の春、ピアノ弾き語りの披露を止めることを宣言。これ以降、弾き語りはCDでの作品発表のみとなる。
  • 4月、『柴田淳の月と太陽』(2008年3月まで放送)放送開始。自身初の冠番組の担当となる。
  • 「ため息」がテレビ朝日系ドラマ『おみやさん』、「夢」がCBC・TBS系ドラマ『愛の110番』の主題歌に起用され、初のドラマ主題歌起用となる。
  • 9月初旬、ファンクラブ結成の意向を発表したが、その後立ち消えに。
  • 9月13日、中京テレビ『MUSIC RA-TE』に出演し、司会のセイン・カミュとのトークで「好きな人います。」と発言。
  • 11月、所属事務所をコットンプロデュースからMS Artist Products(現・MSエンタテインメント)に移籍していたことが明らかとなる。
2004年
  • 事務所移籍を機に、この年からキャラクターメンヘル色の強い路線に移行し、引きこもりの告白[2]や歌詞に「死にたい」と書かれた歌の発表[3]など、言動もその路線に沿ったものが目立つようになる[4]
  • 11月28日に、翌年春に初の全国ツアーを行うことを、マスコミに発表。しかし、ツアーの実現が無いまま2005年に2度目の事務所移籍となったため、批判の声が出た(後に、一部メディアを通じて謝罪。)。
  • ニュース番組やドキュメンタリー番組でナレーターに挑戦。この頃から、音楽以外の活動も目立ち始める。
2005年
2006年
2007年
  • シングル「HIROMI」の歌詞の世界観を映像化した同名の短編映画が製作され、本作品で初めて女優に挑戦。
  • 3月から4月にかけて、初のライブツアー『柴田淳ツアー2007 ~しばじゅん、はじめました!~』を開催。チケットは全4公演とも即日完売し、4月10日には東京で追加公演が行われた。
  • 8月4日放送のフジテレビ『“千の風になって”ドラマスペシャル第2弾「ゾウのはな子」』で女優として再び出演。
  • この頃から、マスコミで「ブログの歌姫」[6]と称されるようになる。
  • 8月27日、母親が怪我で入院したことを発表[7]。この影響で、9月12日発売のシングル「カラフル」の宣伝活動の大幅な縮小を余儀なくされる[8]

人物

  • 自身を「男っぽい性格」と語っている。幼少期は男子用の服ばかり着せられ、小学生の頃、同級生から「淳平」と男子っぽいあだ名で呼ばれていたと語っている。
  • 普段は非常にサバサバとしたあっけらかんなキャラクターだが、一度悩むとなかなか抜け出せない一面も持つ。
  • ラジオ番組への露出が中心で、特にトーク番組にゲスト出演した際の明け透けなトークには定評がある。
  • 中学高校時代はバドミントン部に所属していた(高校は女子校)。
  • 母親が北海道中標津町出身のため、北海道でラジオ番組を担当していた頃は「道産子ハーフ」を自称していた。
  • 左利きである(ただし、文字だけ右に矯正。)。
  • 漫画好きであり、『リアル』(井上雄彦)や『岳 みんなの山』(石塚真一)等を愛読している。また、楳図かずおのファンでもあり、ラジオ番組で共演も果たしている[9]
  • 看護助手のアルバイト経験があり、勤務先で82歳の男性に告白されたと語っている[10]
  • お笑い好き。
  • 通信販売オタクを公言しており、ネット通販での商品購入のエピソードがWeb日記などで度々登場する。

ネット

デビュー当初からネットを宣伝に積極的に取り入れており、自身のWeb日記の更新をはじめ、『別にいいんですけどね。』(So-net mc)などWebエッセイの連載でも活躍した。ブログの普及を機にネットを宣伝に活用する芸能人も数多く現れたが、そのパイオニア的存在である。

日記(Diary)

  • 2001年10月31日のデビューと同時に、公式サイトでWeb日記を開設。日常生活における独特の着眼点と奇抜な発想力や、モテない女ぶりやツキの無さなどの自虐ネタをはじめとする自身のありのままをさらけ出すキャラクターがネットユーザーを中心に注目を集める。
  • 文章の長さにも特徴があり、更新字数が2006年2月28日には題字も含め4,803文字、2007年9月5日には公式サイトリニューアル後通算250回目の更新で5,570文字という驚異的な更新字数記録を樹立している。これはブログ・Web日記を公開している女性歌手の中で日本一と言われており、またネットでのキャラクターが「ブログの女王」と呼ばれた眞鍋かをり中川翔子を彷彿とさせるものであったことにちなみ、「ブログの歌姫」と称された。

その他の主なネット活動

  • それを私に答えろと!? (音楽サイトBARKS)2002年 終了
  • 別にいいんですけどね。(So-net mc)2002年4月4日-2003年4月10日 毎週水曜 終了

主な出演

ラジオ
テレビ
イベント
  • 東北大学学園祭ライブ(東北大学川内記念講堂、2002年11月3日)
    • 急遽チケットを追加発売する程の人気となり、1,066人もの観客を動員。
    • これが、ドリーミュージック在籍時の唯一の有料ワンマンライブである。
  • 柴田淳ツアー2007 ~しばじゅん、はじめました!~東京厚生年金会館ほか、2007年3月17日~4月4日)
その他
  • ショートフイルム「HIROMI」 ※恋唄屋ジュン役
    • アルバム『月夜の雨』初回限定版DVDに収録。

作品

  • 音楽活動では、CD制作以外に目立った活動は無い。デビュー以来、ライブなどのイベント開催数は非常に少なく、他の歌手との合同イベントの出演もわずかである(いわゆるフェスの出演は一度も無い)。これは、ネットを活動の中心としていることや自身の緊張しやすい性質によるものと言われる。しかし、作品の世界観を評価する同業アーティストは多く、特に松尾潔CHEMISTRYの「月夜」の作詞を依頼するなど作詞家としても高く評価している。他に葉加瀬太郎二宮和也などからも賞賛されている[11]
CDシングル(インディーズ盤)
  1. ぼくの味方(2001年6月27日発売) 廃盤
    • 「じゅん」名義でのリリース、クレジットには作詞・作曲「柴田じゅんこ」と記載。
CDシングル
  1. ぼくの味方(2001年10月31日発売) 
  2. それでも来た道(2002年2月20日発売) 
  3. 月光浴(2002年6月26日発売) 
  4. 片想い(2002年10月23日発売) 
  5. 隣の部屋(2003年1月29日発売) 
  6. ため息/夢(2003年5月8日発売)
  7. あなたとの日々(2003年9月10日発売)
  8. 未成年(2004年1月28日発売)
  9. ちいさなぼくへ(2004年11月25日発売)
  10. 白い世界(2005年2月23日発売) 
  11. 幻/おかえりなさい。(2005年5月18日発売)
  12. 花吹雪 (2006年4月19日発売)
  13. 紅蓮の月 (2006年7月26日発売)
  14. HIROMI (2007年1月11日発売) 
  15. カラフル (2007年9月12日発売)
  16. ふたり (2008年5月28日発売予定)
CDアルバム
  1. オールトの雲(2002年3月20日発売)
  2. ため息(2003年2月26日発売)
  3. ひとり(2004年2月25日発売)
  4. わたし(2005年3月30日発売)
  5. 月夜の雨(2007年2月21日発売)
ベストアルバム
  1. Single Collection(2005年9月21日発売)
  2. しば裏(2007年3月14日発売)
DVD
  1. ~Jun Shibata Music Film Collection~ しば漬け(2003年3月26日発売)
  2. JUN SHIBATA LIVE AT GLORIA CHAPEL(2004年6月23日発売)
  3. ~Jun Shibata Music Film Collection~ しば漬け2(2005年9月21日発売)
  4. Jun Shibata Live ~SECRET~ (2006年9月27日発売)
  5. Jun Shibata Tour 2007〜しばじゅん、はじめました!〜(2007年9月26日発売)
  6. ~Jun Shibata Music Film Collection~ しば漬け3(2008年5月28日発売予定)
オムニバス
  1. TeaMODE ASSORTED FLAVORS vol.3ソニー・ミュージックエンタテインメント、1998年、廃盤)
    • Viki&JUN名義で2曲収録されている(うち、「心の声」はJUN名義の作詞・作曲)。
  2. 恋につまずいたら。(2005年10月26日発売) ※「片想い」収録
  3. MUSE' -DREAMUSIC・Female Vocal Collection-(2006年1月1日発売) ※「白い世界」収録
楽譜
  1. ピアノミニアルバム 「片想い/月光浴」「隣の部屋/忘れもの」「未成年」
  2. ピアノソロ 「ため息」「ひとり」
  3. ピアノ弾き語り 「月夜の雨」
連載
  • しばじゅんのお散歩日和 (Weekly Oricon誌)2002年秋-2003年春 週刊 終了
    • 2003年秋に「帰ってきたしばじゅんのお散歩日和」として期間限定で復活。
  • ホントのところ (BREaTH誌)2004年11月-2005年1月 月刊 終了
    • 雑誌自体が休刊となったため、わずか3回で終了。
  • 柴田淳の寄り道てくてく (InRed誌)2006年5月-2006年10月 月刊 終了
  • 柴田淳の3分で読めます (HMVフリーペーパー「the music master」)2006年-2007年 月刊 終了

脚注

  1. ^ 2002年6月30日 スポーツ報知
  2. ^ 2005年5月6日 エキサイトミュージック「Close up vol.150 柴田淳インタビュー」ほか
  3. ^ シングル「ちいさなぼくへ」のc/w「光」
  4. ^ 2008年3月17日のDiaryや『月と太陽』最終回(2008年3月29日放送)等での「ひとりぼっちになって、引退を余儀なくされそうになった時期があった。」という発言は、この時期を指すものと言われている。
  5. ^ 2006年2月24日のDiary
  6. ^ 2007年8月22日 ホットエキスプレス・ミュージックマガジンほか
  7. ^ 2007年8月27日のDiary
  8. ^ 2007年9月5日のDiary
  9. ^ 2003年8月31日放送 NHK-FM『ONE NIGHT LIVE STAND』
  10. ^ 2002年11月15日放送のテレビ朝日ミュージックステーション』、2006年9月2日放送のフジテレビミュージックフェア21』での発言
  11. ^ 葉加瀬太郎公式サイト(コラム・2003年3月)ほか

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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