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広島県総合グランド野球場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

広島県総合グランド野球場(ひろしまけんそうごうぐらんどやきゅうじょう)は、広島県広島市西区広島県総合グランド内にある野球場。通称、総合球場もしくは県営球場。施設は県が所有し、ポラーノグループ特定共同企業体(特定非営利活動法人ポラーノ、奥アンツーカなど)が指定管理者として運営管理を行っている。

かつてのプロ野球広島カープ本拠地球場

施設の命名権コカ・コーラウエストホールディングスが取得、2008年4月1日より新名称をコカ・コーラウエスト広島総合グランド野球場

目次

歴史

1941年12月、広島県の皇紀2600年記念事業の一環として完成。本格的な野球場としては中国地方初。当初は「広島県営体操場」という名称だった。 同年12月8日広島商広島市商戦が球場開きの第一戦。しかし4回表開始前、太平洋戦争が開戦した、という一報により、試合はノーゲームとなった。

戦後、1950年に結成された広島カープの本拠地となった。フィールドは全面土で、外野もは敷かれてなく、観客席はバックネット裏に土盛りしたスタンドが少々あったが、残りの1塁側と3塁側のファウルグラウンド及び外野にロープを張り、その後ろを観客席とした。ナイター用の照明設備もなく、カメラマンブースもグラウンド内にあり、水捌けも悪く設備は余りにも不充分だったものの、カープには県民の根強い応援の後押しがあった。市民の募金で球団を支える試み「樽募金」の発祥の地でもある。あちらこちらに募金を呼びかける樽が置いてあった。また塀を乗り越えてタダ見するお客を、資金難に苦しんだカープ初代監督の石本秀一が試合そっちのけで見張った。張本勲も何度も乗り越えて見たという。また1954年2月にジョー・ディマジオマリリン・モンローが新婚旅行で来日して広島入りした際、ディマジオがこの球場を訪れカープ選手に二日間に渡り打撃指導を行った。応援に訪れたモンローにディマジオそっちのけでファンが殺到。こういった事が離婚の原因になったという逸話も残る。(ディマジオとモンロー―運命を決めた日本での二十四日間 182~189頁 佐山和夫著 河出書房新社(1995年12月)) 

カープ可愛さの余り、暴徒化したファンが試合後に審判団を軟禁したり、レフトポールを引き抜いたり、空き瓶を相手チームの選手に投げ付けるなどのトラブルも頻発した。1957年7月22日広島市民球場が完成したのに伴い、プロ公式戦の開催は終了した。しかしその後も改築・改修などを経て現在に至るまで、県内のアマチュア野球の主力球場として活用されている。

なお、1992年には、広島市民球場のスコアボード改築工事のため、広島東洋カープのファン感謝デーが本球場での開催となった。

施設概要

  • 所在地:広島県広島市西区観音新町二丁目11番124号
  • 内野:土、外野:天然芝
  • 両翼:92m、中堅:113m
  • スコアボード:磁気反転式
  • 13,250人収容(内野:座席、外野:芝生)

総合グランド内その他の施設

関連項目

外部リンク

前本拠地:
n/a
-
広島東洋カープの本拠地
1950 - 1957
次本拠地:
広島市民球場
1957 - 現在

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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