医師
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
医師(いし)とは、医療および保健指導を司る医療従事者。医学に基く傷病の予防、診療および公衆衛生の普及を責務とする。
以下、特記しない場合、日本の医師について述べる。
目次 |
名称
今日の日本では、一般に「お医者さん」「医者」「ドクター」「先生」と呼ばれるが「医師」という名称が正式に確立されて一般に使われるようになるのは、明治以後のことである。
米国では伝統的に医師は「Physician」と称される。また、専門分野ごとに「内科医(Physician)」と呼ばれたり「外科医(Surgeon)」と呼ばれたりもする。欧米で医師の一般名称「Physician」に対して外科医だけが「Surgeon」と呼ばれている理由は、中世より「内科学」=「医学」とされており、「内科医」=「医師」であったことによる。「外科医」の仕事は初期の頃は理容師によって行われ、医療補助職として扱われており、現在での義肢装具士や理学療法士等のような存在であったことから、別の名称があてられることになった。すなわち医師である内科医が診察診断を行いその処方に基づいて理髪師(外科医)が外科的治療を薬剤師が内科的治療(投薬)をそれぞれ行うという建前であった。しかし時代が進むにつれ外科医も薬剤師も独自に治療を行うようになり彼らも医者とみなされるようになっていった。その他に、フランス語ではMédecin(メドゥサン)、ドイツ語ではArzt(アルツト)である。
また、博士の学位を持っていない医師までも「ドクター(Doctor)」 と呼ぶことは、日本、英国、オーストラリア、ニュージーランド、等で行われている。ただし、大英連邦下では、外科医は、学位にかかわらず、今日なお「ミスター」で、「ドクター」とは呼ばない。本来なら「マスター(Master)=修士」のさらに上にある学位の名称である「ドクター(Doctor)=博士」が、転じて医師の名称としても用いられるようになったのは、「医師制度」の発展してきた歴史的背景および免許取得過程上要求された学位が関係している、とされている。
腕の悪い医師のことを、先が見通せないことから、俗に「藪医者」と呼ぶ。そのため、苗字に「藪」という漢字が入っている開業医は医院の名前を「藪」を使わない名前に変えることがある。
歴史
古代には病気というものに対して悪魔や神によるもの等と信じられていたため「医師」という職業は世界各地で現在でも宗教と密接に関わっていたものが多い。
西洋において「医」の象徴とされているのはギリシャ神話に登場するアスクレピオスである。アスクレピオスの杖はWHOを含めて世界各国で「医」の象徴として用いられている。しかし、古代ギリシアにおいて、奴隷を診るのは奴隷である医師の仕事であった(自由市民は自由市民の医師が診察した。奴隷の意味が黒人奴隷とは違うことに注意)。また古代ローマにおいても、市民権は与えられたといわれるものの、医師の地位は高くなかった(これはローマにおいて往々に医師が被征服民のギリシア人が多く、更には奴隷階級とされた者も多かったためと考えられている。)[要出典]。
医師の社会的地位が高くなったのは中世のヨーロッパにおいてである。人の命に関わる重要な職業なので、専門職として特別な地位を与え、それに応じた責任が求められるようになった。なお、中国では儒教の影響で医師の社会的地位は現在でも芸術家(陶芸家など)と比べてかなり低い。理由として、中国では何も無いものから形あるものを作り上げる行為に高い価値観を持つためであるといわれる。
東洋において「医」の象徴とされているのは一般に薬師如来が知られているように、日本においては「薬師(くすし)」と呼ばれた和漢薬の専門家が医師の起源となる。当時の薬学である本草学に基づき生薬を用いて診療を行った。日本の漢方医学は中国の漢方医学とは16世紀頃分かれて独自の道を歩いている。律令制においては、典薬寮の下に「医師」が置かれた他、大宰府や令制国にも医師が派遣されていた。
江戸時代においては士農工商の工に当たるとされたが、士分に準ずる扱いを受けることもあった。明治時代、西洋医学を日本に導入するため西洋から医者を招いた。このとき軍医を主に招いたのは明治政府が医師=士という考えを定着させようと考えていたためであった。また「医師」という呼称が用いられるようになったのは明治時代に入ってからである。それ以前は「医者」と呼んでいた。
日本では明治維新後の制度変更によって、漢方医を志す医師であっても西洋医学を学ぶことが必須とされるようになったが、中国や韓国ではそれぞれ中医、韓医師という医師とは別の資格が並立している。
日本の医師制度
- 医師免許取得過程は医学教育を参照。
「医師」は国家資格であり、「医師国家試験」に合格して医籍登録を完了したものに厚生労働大臣より免許が与えられる。1999年に改正された医師法第16条の2に「診療に従事しようとする医師は、2年以上、医学を履修する課程を置く大学に附属する病院又は厚生労働大臣の指定する病院において、臨床研修を受けなければならない。」と明記され、2004年度からは、臨床医として勤務するためには2年間以上の臨床研修を行うことが努力義務とされた。臨床研修を終えていない医師は、医業を続けることはできるが、病院・診療所の長となることができない。この間の「医師」を一般に研修医とも呼ぶこともある(資格名ではなく通称名)。ただし、基礎研究医や産業医、社会医学者、法医学者などはこの義務はない。しかし、これらの分野でも認定医取得条件や求人に2年間の臨床研修を義務づけている場合もある。
一般的には、病院や診療所といった医療機関で医業(医療行為)を行う医師(臨床医)が多いが、医療機関以外では保健所(地域保健法施行令第4条第1項では、保健所の所長とは保健所の医師と規定されている)、基礎研究医、産業医、社会医学者、法医学など直接医療行為を行わない医師もいる。
2007年2月現在、医師免許に更新制度はなく、通常は生涯にわたって有効である。医療過誤、犯罪等による資格停止・剥奪は厚生労働省医道審議会により決定される。
近年、医療事故・医療過誤として報告される事例が増加の一途をたどっているため、医師免許の更新制度導入が主張されている。2005年3月、政府の規制改革・民間開放推進会議は、医師免許更新制の導入について2005年度中に検討し結論を出すとの答申を予定した。政府判断により実際の答申からは外されることになったが、規制改革会議側は引き続き議論する考えを示した。
日本の医師免許は診療科ごとに交付されるものではなく、医師は法律上はすべての診療科における診療行為を行うことができる、とされている。
近年では医療の進歩と共に技術的に高い次元での専門化・細分化傾向が強まり、日本においても各診療分野の学会が「学会認定医」、「学会専門医」などの学会認定専門医制度を導入しており、一般診療者への技術度の目安として広まりつつある。しかし、これらは法的には「肩書き」に過ぎず、所持していなくても診療科を標榜することは可能。(但し、麻酔科を標榜するには厚生労働省の許可を得なければならない。(医療法第70条2項、及び医療法施行規則第42条の4に基づく))
また、「医師」には「一人医療法人」という制度があり、「医師」一人でも医療法人が設立できる。
「医師」の資格と、他の医療資格との関係
日本で医師の資格を規定する根拠となっている法は「医師法」であり、医師法第17条に「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とある。
古くは医療行為は医師のみで行われてきたもので、現在でも離島や過疎地では軽症患者に対しては医師一人だけで多くの診療科に対する医療行為を完結させる必要があり、「医師」の資格により、全ての医療行為が完結できなければならない。よって「医師」が「検査ができない」「レントゲンが撮れない」「看護ができない」「透析ができない」「薬が出せない」「リハビリテーションができない」などということは法律上はなく、実際これらの業務を医師が行っている施設も数多くある。
しかし他の資格者も法により許可されている範囲で医療行為は行うことは認められており、医業=医療行為ではなく、医療法の定める医療提供施設での行為が医療行為であるとすれば、医師がすべての医療行為を行える訳ではない。医療行為以外でも、コ・メディカルの権限を完全に有しているわけではなく、それらの資格をすべて所持しているのと同等とは言えない。例えば以下のような行為が医師の資格では行えない。
- 歯科医師が行う歯科医業のうち、口腔外科以外の歯科領域
- ただし、これは医師も行うことができるかどうか議論がある(医業#歯科医業との重複範囲)。
- 歯科医院・助産院・接骨院・鍼灸院の開院、臨床検査を請負い利益を得る行為
- 薬剤管理指導料、各種療法点数の算定
また民法の規定に基づく監護権を根拠に、親が子供の応急処置を行う場合も、処罰の対象とはならないと一般には解される。詳細は無資格診療の項参照。
現在医療は専門化・細分化しており、患者に質の高い医療を提供しようとするとき、1人の医師だけで対応することは限界があり、医療チームのリーダーとして、他の医療従事者との協力関係を築くことが求められる。
医師とIT
IT関連技術の進歩に伴いパソコンが急速に普及し、各医療機関ではレセコン(レセプトコンピュータ)だけでなく電子カルテも次第に普及しつつある。しかし、患者の重大な個人情報を取り扱うレセプト及びカルテであるだけに、個人情報漏洩事件が頻発する現在、周辺整備をなおざりにしたまま拙速にITを本格導入すれば、医療現場は混乱するのみならず、日本の医療が崩壊するとの指摘さえある。
本来、診療を行う為に掛かるコストを支払う診療報酬にIT関連機器(レセコンや電子カルテ等)導入の為の費用は全く考慮されず、その全てを医療機関側が負担してきた。2005年、国は医療制度改革大綱にレセプトのオンライン化の義務化を盛り込んだが、2006年度の診療報酬改定でも初診料の電子化加算(3点、30円に相当)を新設したのみで、約650億円と試算される財源については全く触れていない。誰でもインターネットを通じて様々な医学情報を容易に得られるようになり、ことに先端医療や新興感染症など最新の情報については、場合によっては医師と患者の知識の逆転現象さえ珍しくなくなった。
従来、医師会等を通じてのみ情報を得ていた全国各地の医師同士も、各種掲示板、メーリングリスト(ML)を通じて横断的に双方向性に情報・意見交換できるようになった。学会等ではなかなか得られない臨床現場で役立つ医学・医療の経験・知識が、全国的に共有される意義は大きい。
1999年冬のインフルエンザ流行時、medpract-ML(実地医療研究ML)という医療系MLを通じてアマンタジンの有効性が初めて全国的に注目され、その後、迅速診断法や抗インフルエンザ薬などの情報も、医学会や医師会に先んじて様々な医療系MLに流れ、全国各地の医師同士の実体験が共有された。これを学問的に将来性のあるものに取りまとめたものとして、日本臨床内科医会のインフルエンザ全国調査研究:FLU・STUDY/JPAが注目された。
治療だけではなく医療訴訟・待遇等についても話し合われることも多く、署名活動を行ったり、あまりにリスクが高い病院から医師が退職するきっかけにもなっている。
日本医師会はこうした流れを察知して、インターネット生涯教育講座、医療安全推進者養成講座などをスタートした。様々な医学会からも講演会の映像配信や、ガイドラインのネット上公開などが行われている。
日本の医師定年制
日本には、医師の定年制や免許の更新制度は無い。68歳定年制のドイツ(後述)等また、70歳以上の高齢、又は運転能力に問題がある人の自動車運転を危険であると制限する運転免許更新テストと比べても、患者の命を預かり、運転手よりも大きな責任を持つと言われる医師の免許が能力、年齢と関係なく生涯持つことができるのは問題であるという意見もある。
因みに精力的に全国行脚を続けている日野原重明は1911年生まれであり、その講演の中で「アメリカの大学教授選考では、最近は年齢は不問です。つまり、業績、仕事をやる人は、年齢に関係なく教授を続けられるようになった。それに引き替え日本では、大学に定年制が引かれ、アメリカとは逆ですよ。」と発言したと言うエピソードもある。(但しこれは日野原個人がアメリカの医師の年齢制度について触れた件であることに注意。ドイツにおいては別の価値観において規定を定めているので、日野原個人の発言を以って判断すべきではない)
とくに近年の医療技術の発展により、医療知識は日々更新されており、最新の知識を持たない高齢の医師では不十分という意見もある。
医師の女性割合
近年では医学部に進学する女子が飛躍的に増え、29歳以下の若い医師は三人に一人が女性である[1]。
一方で、出産・育児のバックアップ体制が整っていない面が多分にあり、仕事を続けながら出産・育児が困難であり結婚・出産とともに退職する女性医師もいまだ多い。しかし2006年頃より地方の医師不足が顕著になり始めた事により、出産・育児により職場を離れた女性医師に対し働きやすい環境を整え、医療の場に戻す方策が始まりつつある。
しかしながら、患者個人と向き合う必要のある医師という職業の特性上、特に個人で重い責任を持つ外科系には適性のある女性がほとんどいないのが現状である。 患者側からも、女性医師を忌避する傾向が見られ、婦人科、産科などにおいてすら同様の傾向があるのも一因である。
健康保険制度と医師
医師免許を取得して初めて医師と呼ばれ、自由診療(保険外診療)を行うことができる。更に保険医の認定を得れば保険診療を行うことができるが、一連の医療行為の中で両者を行うことは混合診療と呼ばれ、現在は認められていない。
日本の健康保険制度は国民皆保険である為、必然的に医師の大半は保険医となり、保険者が決めたルール(保険適用)の中で診断・治療を行っている。
国民にとって最も重要な事は、病気にならないことである。しかし、目覚しい進歩をとげ、多くの病気において早期診断・早期治療を可能としつつある現在の医学と言えども、何を持って予防しえたかとするか、治療に比べれば遥かにその医学的評価は難しい。病気の早期発見を謳ういわゆる人間ドックや病気にならぬ為の予防医学などに、現時点では保険が利かない由縁である。(一日人間ドックなどは、人によっては自治体や健保組合などからの補助が出る場合もある)
米国の医師制度
- 医師免許取得過程はアメリカの医学教育を参照。
- 米国では全州共通の医師免許はなく、全ての医療関連免許はそれぞれの州ごとに与えられている。即ち、医師国家試験は連邦政府が実施して合否を判定し、医師免許証等は当該州で診療活動を希望する医師から提出された国家試験の合格証と研修実績などの書類を審査し、州が医師に交付している。
英国の医師制度
英国では、日本のように「医師」であれば事実上すべての診療科を行うことができるということはなく、各診療科ごとに専門医資格が必要とされている。また「家庭医(一般医療)」と「病院医(専門医療)」とが厳格に区別され、それぞれ専門領域として独立している。
また、伝統的に大学の権威が高く認められているため、医師資格の国家試験は存在せず、各大学の「卒業試験」に合格し卒業することで「医師免許」が与えられる。医学部はすべて国立である。留年は認められていないため、中退者も少なくない。
日本と同様に、高校卒業後に大学医学部に入学できるが、医学部入学には「統一試験」なるものが存在し、面接、筆記、書類審査とが厳重に行われた後医学部入学の許可が与えられる。医学部は約5年制で、各大学ごとに様々なカリキュラムが組まれている。卒業後は1年間の臨床研修が義務付けられ、その後に専門とする診療科を選択する。ここで大きく「家庭医(一般医療)」と「病院医(専門医療)」とに進路は選択され、それぞれ研修が行われる。そして研修終了の後にそれぞれ一般認定医、専門認定医の試験があり、合格して初めて「医師」としての独立した診療行為が許されている。
一般的に医師免許はその国の中でしか通用しないが、英国の医師免許はニュージーランドなどのイギリス連邦加盟国や植民地でも通用する。
英国の植民地の住民が医師を目指す場合には英国の医大に入学する場合が多い、特に医大のような高等教育機関を持たない植民地の場合はイギリス本国かイギリス連邦加盟国の医大へ行くしかない。 このように、英国の医師免許は国際免許のような性格を持っているため、シンガポールやブルネイなどの経済的に豊かな小国で医師を目指す人間が英国の医大に入学して医師になる場合が非常に多い。
このため、イギリス連邦なら絶海の孤島であっても医師の質が比較的高い場合が多い。
香港などでは返還前はイギリスの医師免許を持った医師しか医業を行えなかったが、返還後の現在ではイギリスと中国の両方の医師免許が通用する。
ドイツの医師制度
ドイツでも、日本のように「医師」であれば事実上すべての診療科を行うことができるということはなく、各診療科ごとに専門医資格が必要とされている。
ドイツの医師国家試験は4段階の試験が存在する。まず日本と同様に中等教育修了後に大学医学部に進学でき、そこで約6年間の医学教育を受けるが、医学部での勉強と医師国家試験は平行して行われ、医師免許取得後にも医学部で医学教育を受ける必要がある。
まず医学部在学2年目で「Physikum(教養試験)」(教養科目)と呼ばれる自然科学系国家資格の統一試験がある。それに合格するとまた1年後に「Das erste Staatsexamen(第一次国家試験)」(基礎医学)と呼ばれる試験がある。これに合格し約2年後に「Das zweite Staatsexamen(第二次国家試験)」(臨床医学)と呼ばれる試験がある。これに合格すると最終学年時に、1年間の病院での臨床研修が義務付けられている。しかしこれは医学部の正規の教育課程で行われることではないため、大学の休み期間に学生自らで行う。最後に「Das dritte Staatsexamen(第三次国家試験)」と呼ばれる試験があり、これに合格して初めて「研修医(AIP:Arzt im Praktikum)」という免許が与えられる。またこの間大学医学部での医学の勉強は同時並行となり、ドイツの医学生はまた別に大学での単位の取得と卒業論文の製作が必要とされている。そして「研修医(AIP)」免許が与えられた後は1年半の臨床研修が義務付けられ、選択する診療科で専門の研修を行い、研修終了の後に晴れて「医師」の免許が交付される。そしてこの「医師免許」と「卒論」の二つが揃って初めて大学では卒業が認められ、学位が授与される。このため卒業しない者も少なくない。
また医師免許があったとしても医師としての活動が許されているわけではなく、歴史ある医学大国として各「医師会」の権威が大きく、また何年かの臨床研修を受け各医師会、の専門医試験に合格しないと診療科を標榜することが許されない。また専門医資格の中に「一般医学(家庭医)」という専門資格も存在し、一般開業医はこの専門医資格が必要とされている。
また1999年から医師の定年制が施行され、68歳になると保険医療を行うことはできなくなった。またそれによって定年後の医師の生活を支える目的で「医師老齢年金制度」という社会保障制度が存在する。
日本の医師の収入
医師といえば高給取りのイメージで見られているが、医師の収入の実態はケースにより異なる。
勤務医
勤務医は、場合によっては週100時間を越える労働を強いられており、特に医師の少ない病院や、主治医制(入院患者の病状について主治医が常に責任をとるシステム)を採用する病院などでは、1年365日24時間常に呼び出しを受ける可能性もある。また、多くの場合勤務医は数年で病院を移動するため、退職金はほぼ無に等しい。自治体病院の平均42歳の医師の平均給与は1598万円である[2]とされているが、この算定には正規公務員に任用されず不安定な非常勤・契約任用身分の卒後およそ10年目までの若い医師が含まれていない。また、平均年収は米国やイギリス等と比較した場合1/3〜1/2程度である[3]。
開業医
開業医の収入は事業収入としての金額であり、ここから税金、従業員の給料、年金、健康保険料等を支払う事になる。したがって、開業医収入=開業医所得ではない。日本医師会によると、平均1,070万円であり[4]、中小企業の経営者等とほぼ同額であると示した[5][6]。 一般の法人同様、医療法人も運営のありようによって、法人収入や法人の所有者の所得も大きく変化することになる。1次医療を担う個人診療所や小規模病院は基本的に自由競争であるため、当然のことながら倒産もありうる。
研修医
かつて薄給で「奴隷のようだ」と形容され、労働基準法における最低賃金を下回る状態でもあった研修医の待遇は、近年「生活費稼ぎの徹夜のアルバイトの連続など医療事故の温床である」との観点から、2004年度からは月収30万円程度(特別手当無し)を支給するように国からの勧告がおりた。
医師の転職
従来は医局の指示により、転職するのが一般的であった。しかし近年では初期臨床研修義務化による医局に入局する医師の減少にともない、新たに医師の派遣を行ったり、医師の人材紹介や転職を斡旋する会社が出てきている。これらの医療従事者専門の転職支援サービスは、医局から医師の派遣を断られた病院の医師確保などにも一定の役割を果たしている。このビジネス分野はまだ未開拓で、さまざまな会社がしのぎを削っている。
- 医師といえど一人の人間である事実にかわりはなく、QOML(Quality of My Life)を大切にするべきという考えも広がりつつあり、過酷な勤務を要求する勤務先から転職するケースが増えている。
少子化の影響
出産難民も参照
いわゆる少子化の影響で、妊娠・出産を扱う産婦人科や、これに続く乳幼児期の子供を扱う小児科の志望者が少なくなっている問題がある。また、特に産科領域では、一般的に子供は正常に生まれて当たり前との認識があるので、何か異常が起こると医療訴訟となる可能性も高いといわれている。これによって、産婦人科や小児科を扱う医療機関が減少し、残った医療機関への負担が増加し、妊娠・出産への対応や子供の急病などへの対応が困難になっている。陣痛が来て初めて病院に行き子供を生んだ後病院を抜けて行方不明になり費用を払わない野良妊婦なども増加しており、さらに産婦人科の減少と少子化に拍車をかけている。この問題については、少子化に関する諸問題の一つとして、マスコミなどで頻繁に取り上げられているが、厚生労働省は有効な対策を打てていないのが現状である。
著名な医師
- 医学者の一覧も参照
日本・古代~近世
医師の保護などをした人物
日本・近現代
- 高原喜八郎(癌治療専門医、東京大学医学部卒業、米国法人野口英世記念財団理事、米国臨床化学会正会員、元神奈川県立衛生短期大学教授、米国臨床化学会正会員、国際アカデミー賞受賞、国際文化栄誉勲章受章)
- 高木兼寛(東京慈恵会医科大学創設者)
- 北里柴三郎(細菌学者)
- 野口英世(細菌学者)
- 養老孟司(解剖学者、脳科学者、東京大学医学部名誉教授)
- 武見太郎(元日本医師会会長)
- 手塚治虫(漫画家、医師、医学博士)
- 森鴎外(作家、旧日本陸軍軍医総監)
- 斉藤茂吉(歌人、精神科医、北杜夫の父)
- 北杜夫(作家、精神科医)
- 田坂定孝(内科医、臨床血液学、内視鏡医学)
- 向井千秋(心臓外科医、宇宙飛行士)
- 香山リカ (精神科医、評論家、エッセイスト、大学教授)
- 小池晃(内科医、参議院議員、日本共産党政策委員長、全日本民主医療機関連合会理事)
- 和田秀樹(精神科医、評論家、エッセイスト)
- 木々高太郎(推理作家、医師、直木賞受賞作家)
- 日野原重明(聖路加国際病院理事長)
- 加藤周一(評論家、医師)
- 斉藤環(精神科医、評論家)
- なだいなだ(作家、精神科医)
- 坂口力(元厚生労働大臣、医師、公明党副代表)
- 徳田虎雄(特定医療法人徳洲会理事、医師、元衆議院議員自由連合最高顧問(前代表))
- 中田賢一郎(さくらライフ理事長、格闘家)
- 渡辺淳一(直木賞作家)
- 稲澤譲治(癌および遺伝などの研究者、東京医科歯科大学難治疾患研究所教授)
- 城野親德(シロノクリニック院長・東証1部上場企業であるドクターシーラボ開発室長。)
- 西川史子(タレント、形成外科医)
- 根来秀行(ハーバード大学医学部内科准教授、内科医、内科学者)
- 池田優子(池田ゆう子クリニック院長・形成外科医。故・絵門ゆう子(旧名:池田裕子・桐生ゆう子)とは関係ない)
- 海原純子(海原メンタルクリニック所長)(医師、医学博士、エッセイスト、シャンソンシンガー)
- 吉田たかよし(元NHKアナウンサー、医学博士、ラジオパーソナリティ、コラムニスト、タレント(ホリプロ所属))
- 荻野久作(産婦人科医、性科学者)
- 奈良林祥(性医学者、カウンセラー)
- 小黒八七郎(内科学者、消化器学者)
- 加藤鐐五郎(政治家、第48代衆議院議長、医師)
- 島薗順次郎(内科学者)
- 池田健(精神科医、心療内科医)
- 藤田啓介(生化学者、藤田学園創設者)
- 木下博勝(外科医)
- 福島孝徳(脳神経外科医)
- 上山博康(脳神経外科医)
- 須磨久善(心臓血管外科医)
- 大野曜吉(法医学者)
- 斎藤学(精神科医)
日本以外
- 扁鵲
- アーサー・コナン・ドイル(推理作家、シャーロック・ホームズの生みの親)
- アルベルト・シュバイツァー(神学者、哲学者、「密林の聖者」として知られる)
- フェリックス・ガタリ(精神科医、精神分析家、ジル・ドゥルーズとの共著で有名)
- 華陀 (中国・三国時代に生きた医者。初めて麻酔薬を開発したといわれる名医)
- マハティール・ビン・モハマド
医師に関わる問題
医師を題材にしたテレビドラマ
- 振り返れば奴がいる
- ブラック・ジャック (2000年 - 2001年、TBS・単発)
- 真夜中の雨
- Dr.コトー診療所
- 医龍-Team Medical Dragon-
- 医龍-Team Medical Dragon-2
- きらきら研修医
- 白い巨塔
- 救命病棟24時
- ブラックジャックによろしく
- ええにょぼ
海外の作品
関連項目
出典
外部リンク
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 医師 | 医学 | 公務員
|
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴 Text is available under GNU Free Documentation License. |