モーリス・アンドレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| image:Image:Logo music ja.jpg |
| クラシック音楽 |
|---|
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ |
| ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 |
| ルネサンス - バロック |
| 古典派 - ロマン派 |
| 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 |
| 木管楽器 - 金管楽器 |
| 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 |
| 指揮者 - 演奏家 |
| オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 |
| 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト |
| カテゴリ |
モーリス・アンドレ(Maurice André, 1933年5月21日 - )は、20世紀有数のフランスのトランペット奏者のひとり。セヴァンヌ近郊アレスの出身。
アマチュア音楽家の家庭に生まれる。父親の友人バルテルミーにトランペットの手ほどきを受け、パリ音楽院に進むように奨められるが、入学許可証を得るため、軍楽隊に加わった。音楽院では、在学1年目にコルネットで、2年目にトランペットで首席となる。音楽院では、ある教員よりうまく演奏することができたため、鬱憤を募らせたその教員に殴られ、帰郷を命ぜられたこともあった。それから数週間後に、アルバンの著書に載っている全14曲の練習曲を、ミスなしで演奏し切った。卒業の翌年、パリ国際音楽コンクールで見事優勝をとげる。
1955年にジュネーヴ国際コンクールにて、1963年にもミュンヘン国際コンクールにて優勝。
流麗で優美な演奏は、多くの金管楽器奏者を触発した。テレマン、バッハ、ハイドン、フンメルらのトランペットのための協奏曲の録音は、これらの作品の再評価に大きな力があったといってよい。トランペットの高音楽器の開発に力を注ぎ、その結果ピッコロトランペットを創り出した。この楽器は、熟練していない演奏者の手にかかると、甲高くきつい音色になってしまうが、アンドレはこの楽器をやすやすと扱い、理想的な柔和な音色を出してみせた。
録音数は、1960年代初頭から現在に至るまで、優に300点をこえる。他の楽器のための作品を編曲して、トランペット独奏用のレパートリーを広げることにも尽くしてきた。今まで世界各地で4000回に上る演奏会をこなし、たびたび来日して演奏旅行を行なった。2003年にも来日している。ミシェル・ルグランらとイージーリスニングのアルバムも制作している。
外部リンク
|
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴 Text is available under GNU Free Documentation License. |