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ヘヴン・アンド・ヘル (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヘヴン・アンド・ヘル
image:Image:Heavenandhelllive.JPG
(手前左より)ギーザー・バトラー、ロニー・ジェイムス・ディオ、トニー・アイオミ、(奧)ヴィニー・アピス、2007年6月9日
基本情報
ジャンル ヘヴィ・メタル
活動期間 2006~2007年
レーベル ライノ・エンタテインメント
公式サイト heavenandhelllive.com
  

ヘヴン・アンド・ヘル(Heaven And Hell)は、2006年から2007年にかけてトニー・アイオミギーザー・バトラーロニー・ジェイムス・ディオヴィニー・アピスという元ブラック・サバスの4人が再結成して音楽活動したときのバンド名である。

歴史

この4人のコラボレーションは、レコード会社の意向で2006年にディオ在籍時のブラック・サバスの楽曲を集めたコンピレーション・アルバムを発売する際、アイオミにボーナス・トラックを求めたことに始まる。これに対してアイオミはディオとともに新曲を書いて提供することを決め、アイオミ、バトラー、ディオ、そしてビル・ワードというアルバム『ヘヴン・アンド・ヘル』のラインナップが集まった。制作の過程でワードはバンドを離脱し、アルバム『悪魔の掟』と『ディヒューマナイザー』でドラマーを務めたヴィニー・アピスが加入、新曲3曲を録音してアルバム『ブラック・サバス: ベスト・オブ・ディオ・イヤーズ』を発売した。

当初はブラック・サバスを名乗る案もあったが、オジー・オズボーンを含むオリジナル・ラインナップとの差別化のため、ディオが参加して初のアルバム『ヘヴン・アンド・ヘル』の題名をバンド名としてツアーを行うことになった。この決定についてはシャロン・オズボーンが暗躍したという噂もあったが、ブラック・サバスの名はアイオミが保有しているため真実ではない。オジー・オズボーンを含むラインナップが2006年にロックの殿堂入りをしたため混同を避けたものである[1]

バンドは2007年3月11日にメガデスを前座にカナダ バンクーバーパシフィック・コロシアムから北米ツアーを開始した。キーボーディストは当時のジェフ・ニコルズではなく、ディオに在籍しているスコット・ウォーレンがツアーに同行することになった。このうちアメリカ ニューヨークレディオ・ミュージック・シティ・ホールで行われた公演はライブ作品『ライヴ・フロム・レディオ・ミュージック・シティ・ホール』として収録された。 日本では同年10月20日さいたまスーパーアリーナで開催された「LOUD PARK 2007」にヘッドライナーとして出演した他、東名阪3都市で公演を行った。

ツアー終了後はそれぞれブラック・サバスやディオの活動に戻るとされていたが、好調な活動を受けてヘヴン・アンド・ヘルの継続も否定されなくなっている。

脚注

  1. ^ BLACK SABBATH's 'The Dio Years' Release Will Be A Single-Disc Collection (英語)” (HTML) Blabbermouth.net. ロードランナー・レコード: 2006-11-25. 2007年8月22日閲覧

外部リンク


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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