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ニコライ・ロバチェフスキー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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N・I・ロバチェフスキー

ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキーНикола́й Ива́нович Лобаче́вский, Nikolai Ivanovich Lobachevsky, 1792年12月1日 - 1856年2月24日)はロシア数学者である。

ニジュニー・ノヴゴロトに生まれる。両親ともユダヤ系で、父親はギリシア正教徒に改宗したポーランド系の人物だったJewish Encyclopedia "Mathematics" 項)

カザン大学に学び、21歳で同大学教授となり、1827年から1846年には学長も兼ねていた。1826年に幾何学の基礎に関する論文をカザン大学の物理・数学科に提出したが、刊行されずに失われた。1829年に大学学報にその学説を発表しさらに『幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論』 (Новые начала геометрии с полною теорией параллельных) の中で詳しく展開した。ついで Geometrische Untersuchungen zur Theorie der Parallellinien (1840年) をベルリンで刊行した。これらによってロバチェフスキーはヤノーシュ・ボヤイとは独立に非ユークリッド幾何学の創始者となり、この新幾何学の自然的根拠についても深い省察を与えた。卓越した教育者であり、20年以上学長を務めたカザン大学で後進の指導を手がけ、レーニンの父であるイリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフはロバチェフスキーの推薦でドヴォリャンスキー学院の物理と数学の上席教師となった。

業績


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴
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