いすゞ・ミュー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
いすゞ・ミュー (Mu) はかつていすゞ自動車が生産していた2人乗り、および2+2のSUV。ショートホイールベースで、Bピラー以降が開放型となった車体が特徴。
目次 |
概要
ロデオピックアップやビッグホーンのコンポーネントを利用して開発されたスペシャリティーモデル。
名称の「ミュー」(Mu)は「ミステリアス ユーティリティ」の略。北米での名称は「アミーゴ」で、2代目末期には「ロデオスポーツ」へと改称された。
1989年に初代が登場、1998年にフルモデルチェンジが実施された。1989年から1998年にわたって生産された初期型の方が生産台数が圧倒的に多い。
一方、初代「ミューウイザード」は日本国内のクロスカントリー車の市場拡大に伴い、「ビッグホーン」とは異なる層を狙って投入された。
歴史
初代
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1989年に登場したミューの初期型は、車体後半の開放部にバリエーションがあり、3ナンバー(乗用登録)がFRP製のトノカバーを持った「ハードカバー」、1ナンバー(貨物登録)は折りたたみ可能な幌を持つ「ソフトトップ」と、それぞれ呼ばれる2種類がラインナップされた。乗車定員はハードカバーが2名、ソフトトップが2 / 4名である。
はしご型フレームを持ち、サスペンションは、フロントがダブルウィッシュボーンと縦置きトーションバースプリング、リアがリジッドアクスルと半だ円リーフスプリングの組み合わせで、ファスターをはじめ、他のいすゞユーティリティーヴィークルと共通の構成。
エンジンは直列4気筒SOHC、2.6Lガソリンエンジンを搭載。トランスミッションも5速MTのみであった。「3ナンバーのガソリン車で荷物も詰めない2人乗り、さらにMTのみ」と、名前の通り「実用性は謎」であった。しかし、チョロQを実車にしたようなファニーなスタイルは非常にインパクトが強く、若者の心を鷲掴みにした。
日本国内向けの生産は、シャーシがいすゞ・湘南工場で、車体と最終組み立ては、オープン構造の車体組み立てを得意とする高田工業に委託された。北米向けの「アミーゴ」は、富士重工業との合弁による、インディアナ州のSIAで生産された。
1990年に荷室部分に鉄製のハードトップを付け、4人乗りに変更したメタルトップを追加し、エンジンも直噴4JB1 2.8Lディーゼルターボを追加、トランスミッションにも待望の4速ATが設定された。
その後、フロントマスクのフェイスリフトやサイドアンダーミラーの追加、後席ヘッドレストの追加などの小変更を経るが、インパネ周りはクラスタースイッチ、サイドブレーキはステッキタイプ、三角窓(これは結構便利だった)と内装も強烈にいすゞぶりを発揮していた。
コンセプトは先進的だが、その実態はどこまでも質実剛健な、いすゞらしい無骨な車だった。
1992年、マイナーチェンジ。同時にソフトトップを廃止。
1993年、排ガス規制等の対策のため、エンジンを過流室式4JG2 3.1L過流式ディーゼルターボエンジン(インタークーラーなし)に変更。2人乗りハードカバーとガソリンエンジン車の生産中止。これにより、3グレード、ディーゼルターボ4人乗りに統合。内装も一新。
1995年 4ドアSUVミューウィザードの追加にあわせ、SとXの2グレードに整理。
1997年 ディーゼルエンジンの燃料噴射システムを電子制御式に変更。
ミューウィザード
詳細はいすゞ・ウィザードを参照
1995年 4ドア5人乗りミューウィザードを追加設定。それまで北米でRodeoの名称で販売されていたSUVを日本国内向けに大きく設計変更した、タイからの輸入車。
1997年 ディーゼルエンジンの燃料噴射システムを電子制御式に変更。
2代目
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1998年 フルモデルチェンジ。フロントマスクにやや面影を残すものの、初代と比べておとなしいデザインとなる。同時に、ウィザードを分離、独立させる。
生産はSIAにすべて移管し、国内で整備後に販売された。
エンジンには、いすゞが新たに開発した新型コモンレール式ディーゼル(Dd)ターボ(インタークーラーなし)を搭載し、燃費の向上、環境負荷の低減を両立した。
2000年 マイナーチェンジ。グレードを従来のXとSを「レジントップ」に統一し、エンジンはディーゼルのみ、「オープントップ」のエンジンに新たに6VD1 V6 3.2Lガソリンエンジンを採用。フロントグリルの変更、マルチリフレクターヘッドランプの採用など、スポーティーなイメージに。
2001年 「レジントップ」のエンジンをガソリンエンジンに変更。これにより、ミューのエンジンはガソリンエンジンに始まりガソリンエンジンに終わることとなる。ちなみに、2代目の国内販売台数は1261台。(うちガソリンエンジン搭載のMuは229台)ビークロスの国内生産台数よりもさらに少ない。
2002年 いすゞ自動車SUV撤退を受け、日本国内での販売を終了。その後、2004年までアメリカで生産が続けられた。
2005年 アメリカでの販売も終了。
車名の由来
ミステリアス(Misterious)とユーリティー(Utility)をあわせた造語で、なぞにつつまれた不思議な機能をもった車と表現。
関連項目
外部リンク
- いすゞミュージアム(生産車の歴史等を紹介)
|
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2008年4月8日 02:04 版 改訂履歴 Text is available under GNU Free Documentation License. |